桜島火山の最近の活動状況

京都大学防災研究所教授  石原和弘


1.はじめに

 昨年(2000年)は,3月末からの有珠山の噴火,6月末からの三宅島の噴火,更に,秋からは,富士山において深い低周波地震が増加するなど,全国的に火山活動に対する関心が高まっています.特に,大量の火山ガスが噴出し全島避難が続いている三宅島の状況は,12月から噴火活動が高まった諏訪之瀬島など火山島を抱える鹿児島県民にとって他人事とは思えません.

 一方,桜島では,「近頃の桜島はおとなしい」という話をよく耳にします.実際には,2000年1年間で約150回の爆発が発生し,約270万トンの降灰がありました.また,10月7日のやや強い爆発では,1時間の内に30〜40万トンの火山灰を噴き出し,鹿児島市内中心部を降灰が襲いました.桜島港近くでは1〜3cmの噴石が多数落下して,車のガラスが破損する被害がありました.一昨年,取材にきたフランスの報道関係者からは,「このように危険な火山の周りで生活できる人々の神経が理解できない」といわれ,一瞬答えに窮しました.それでも,桜島周辺の人々が桜島の噴火活動に冷静に対応できるのは,過去の激しい火山活動,特に1972年から約20年間の激しい爆発と降灰の生々しい体験が多くの人々の記憶に残っていて,「終息」のない桜島の火山活動を現実と受け止め,住民と行政が一体となって,いざというときの備えや火山との共生についてさまざまな工夫を行ってきた結果と言えるでしょう.

 桜島では,1955年10月以来2000年までの爆発回数は約7600回に達しています(図1).特に,1974年からの20年間は毎年1000万〜3000万トンの降灰があり,集落まで大きな火山弾が落下する爆発や火砕流を伴なう爆発も発生しました.桜島が休みなく活動を続けてきた45年間に,三宅島では,1962年,1983年,2000年の3回の噴火が,有珠山では1977年,2000年の2回の噴火が発生しました.また,1990年からの雲仙普賢岳の活動も長期化したといわれながらも今や復興の道を歩んでいます.長くても数年で「終息」を迎えるこれらの火山に比べて,桜島は実に特異な存在です.特異な存在といっても,近い仲間はいます.日本では,阿蘇山や諏訪之瀬島,国外では,イタリアのエトナ山,インドネシアのメラピ山とスメル山,中米コスタリカのアレナル山などです.これらの火山では,桜島と同じように,火山の観測研究が続けられ,火山との共生の工夫が行われています.

図1 桜島南岳の爆発回数の推移.

 ところで,桜島の現在の比較的穏やかな活動はいつまで続くのか?これから何ヶ月,何年までといったはっきりした答えは出せません.桜島の火山活動の特徴と最近の活動状況について解説し,現在の活動状況の意味について考えたいと思います.


2.桜島の火山活動の特徴

 桜島では,1914年の大正大噴火を契機に数多くの研究者による調査研究が活発に行われました.その結果,火山活動の特徴や噴火のメカニズムが次第に明らかになってきました.桜島は,2万数千年前の巨大噴火によってできた姶良カルデラの南の縁で成長した火山です.この姶良カルデラの地下約10kmには大きなマグマ溜りがあって,そこへは,地下約100kmで生成されたマグマが上昇していると考えられています.桜島は,姶良カルデラのマグマ溜りからマグマの補給を受けて活動を続けてきました(図2).

図2 桜島マグマ供給システムのイメージ.

 桜島は,何故,1955年以来45年以上も南岳で噴火活動を続けることができたか?その理由を,これまでの桜島の火山活動を振返りながら解説します.


 2−1.涸れることのないマグマの泉(南岳山頂火口)

 桜島の爆発は,ブルカノ式噴火と呼ばれ,爆発音・空振とともに,多量の高温の火山弾や火山灰・火山ガスを放出します(写真1).桜島の爆発による火山弾の主な材料は,火口底から地下深くに伸びるマグマの通路(火道)から,マグマが火口に溢れ出してできた溶岩ドームです.溶岩ドームの下にたまっていた高圧の火山ガスが瞬時に大気中に開放されて,空振が発生し,ガスの圧力で火山弾が吹き飛ばされます.その直後に,火道からマグマが次々と噴き出て,火山灰や軽石となります.

写真1 1990年2月26日の爆発による火山弾の飛跡.

 年間に数百回も繰り返して爆発を起こすには,火口直下の火道をマグマで満たし,火口底に火山弾の材料となる溶岩ドームを準備する必要があります.実際に,1956年以来,気象台や報道機関が撮影した火口の写真や観察記録を分析してみると,3回の内2回の割合で,火口に直径数10m〜250mの溶岩ドームができていることが確認されています(写真2).活動が穏やかであった今年2001年5月に撮影された写真でも,深くなった火口の底に直径数10mの溶岩ドームができていることが確認できます(写真3).桜島南岳の火口には,爆発によって溶岩ドームが破壊・消滅されても,次々と新たな溶岩ドームを生み出す,「マグマの泉」が45年間の噴火活動を支えてきたと言えるでしょう.

写真2 1981年5月8の桜島南岳山頂噴火.
写真3 1991年5月11日の桜島南岳山頂火口.

 2-2.安定したマグマの供給

 南岳山頂火口の涸れることのない「マグマの泉」にとっては地下からのマグマの補給が不可欠です.錦江湾の地下のマグマ溜りへのマグマの上昇が途絶えたり,大きく増減を繰り返すようでは,長期にわたり安定した噴火活動を継続することはできません.

 マグマ溜りにマグマがたまれば,ほんの僅かですが,地面が風船のように膨らみます.その僅かな膨らみを測り,マグマ溜りにたまったマグマの増減を知る方法にすいじゅん測量があります.錦江湾の周りでは,100年以上前から地面の高さを精密に測定する水準測量が繰り返されてきました.鹿児島市内を基準点にして,錦江湾の中心に最も近い鹿児島湾西岸の大崎鼻の地面の高さ変化(図3)をみると,噴火がない時期には,ほぼ一定の割合,1年に1cmの割合で上昇を続け,大きな噴火が起きると地面が下がることが分かります.約2km3の溶岩流や軽石を噴出した1914年の大正大噴火の直後には1m近く,また,約0.2km3の溶岩流・火山灰を噴出した1946年の噴火では約10cm地面が沈降しました.

図3 姶良カルデラの地盤(大崎鼻)の昇降.

 1955年以降の山頂爆発の期間についてみると,爆発回数が400回を越えた1960年からの2年間と,火山灰を毎年1000万〜3000万トン放出した1974年から1992年にかけては,隆起が停滞あるいはいくらかの沈降を示しました.地面の隆起がほぼ停止している期間は,地下からのマグマの供給と南たけからのマグマの消費がほぼバランスしている状態といえます.ところが,火山灰の放出が年間400万トン以下となった最近7年間は再び隆起に転じています.最近の「穏やかな活動」では,地下から上昇してきたマグマを使い切れず,使い切れなかったマグマが姶良カルデラに蓄積していると結論されます. このような地盤変動と噴火活動から,姶良カルデラのマグマ溜りへのマグマの上昇(供給)量は年間1000万〜2000万m3と推定されます.大量の安定した地下深くからのマグマ供給が,45年以上にわたる山頂噴火活動を支えたといえます.この安定したマグマの上昇は1779年の安永大噴火以前に始まったと考えられますので,近い将来に止まってしまうと期待することはできません.

 なお,雲仙普賢岳の活動では,地下からの急激なマグマの上昇が1991年に始まりましたが,約4年間でほぼ停止したため,普賢岳からの溶岩の噴出も終わってしまいました.

 2-3.動かざること桜島のごとし

 昨年の有珠山や三宅島の活動をみると,火山噴火は多数の有感地震や大きな地殻変動を伴なって発生すると思いがちですが,必ずしもそうとは言えません.

 桜島では,南岳の下で数多くの小さな火山性地震は発生するものの,有感地震はごく希です.震度3を越える火山性地震は,1968年5月の東桜島黒神付近を震源とした地震くらいしか記憶にありません.地面の変動も,10年かけて約10cmといったところです.大きな爆発の数時間前から南岳の山頂が隆起する地殻変動が観測されますが,山頂の地盤の隆起量は,昨年10月のような大きな爆発でも,0.1〜1mm程度です.「動かざること桜島のごとし」が27年間桜島に関わってきた実感です.大きな地震や地殻変動が観測されないのは,「今のところ」姶良カルデラのマグマ溜りから南岳山頂火口まで,マOマが比較的スムーズに移動・噴出できる通路ができているからと考えられます.桜島の噴火の前兆は微小なので,それを捉えるには,細心の注意を払い高精度の観測を続ける努力が必要です.

 2-4.長期的な活動の見通し

 図3で示した姶良カルデラの地盤変動をみると,1914年の大正噴火前のマグマ蓄積量は取り戻していません.すぐに多量の溶岩を流出する活動に移行する兆候は観測されていません.

 しかし,火口底に溶岩ドームができていることから分かるように,既に,南岳の火口底までマグマを押し上げるだけの圧力がマグマ溜りに蓄積されています.しかも,地盤変動データが示すように,姶良カルデラの地下では,次の活動にむけて,マグマの蓄積が着々と進行しています.今後10数年の桜島の火山活動はどうなるか?現時点で考えられる最も可能性の高いシナリオは以下の二通りです.

 今の山頂噴火が順次弱まり,火道が閉塞状態になった場合は,1946年の噴火のように,中腹から溶岩を流出する危険性が高まります.一方,南岳山頂で噴火が続く場合でも,現在のような穏やかな活動がいつまでも続くとは考えられません.いずれ,1972年からの活動のように,今より激しい山頂噴火に移行すると予想されます. 研究者が予想したように火山が振る舞ってくれるとは限りません.やはり,粘り強い観測と研究が不可欠です.

3.最近の山頂爆発

 最近の桜島の噴火活動が穏やかになったと感じる理由として,爆発のパワーが弱くなったことが挙げられます.以前のように1mを越えるような火山弾が麓近くに落ちることもなく,たまに八合目付近に火山弾が落下する程度でおさまっています.また,大きな噴煙が勢いよく上がる爆発も希で,空振で家屋がゆれる事も少なくなりました.

 このように,以前に比べて爆発が弱くなったのは,火口が1995年頃から急激に深くなったことに関係しています.以前は,火口の深さが縁から100〜150mしかなく(火口底標高850〜900m),直径100〜200mの大きな溶岩ドームが頻繁に出現しました(写真2).溶岩ドームが大きいだけ火山弾が多くなり,また,溶岩ドームの下には多量の火山ガスが蓄積され,爆発力が大きくなります.更に,高い場所から火山弾が放出されるので,2〜3km先まで容易に到達します.

 ところが,1995年頃からは,火口の深さが400〜500m(火口底標高500〜600m)と深くなりました(写真3).また,溶岩ドームの大きさも小さくなりました.そのため,以前に比べて,火山弾が少なく,空振が弱くなったと考えられます.更に,火口が深くなったため,火口底から斜め上方へ飛び上がった火山弾は,火口壁に突き当たり火口外へ飛び出すことができません.そのため,火山弾が落下するのは頂上付近に限られています.

 火口が深い間は,大きな火山弾が集落近くまで飛ぶ危険性はないと言えます.しかし,10cm程度までのレキや軽石は噴煙とともに数km上昇し,風に流されて20km位先まで到達することがあるで注意を要します.また,溶岩上昇に伴なう火山性地震(B型地震)の群発が繰り返し発生すると,火口底が次々と堆積し,次第に火口が浅くなってくると予想されます.そうなると,麓まで大きな火山弾や火砕流が到達する危険性が高まります.火口の状態変化には今後とも注意を払う必要があると考えます.

 最近7〜8年,桜島の火山活動は穏やかになったといっても,1972年からの20年間の激しい噴火活動でエネルギーを消費した後の小休止であって,依然として,日本で最も活動的で危険な火山であることに変わりはありません



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2002年1月,日本火山学会: kazan@eri.u- tokyo.ac.jp