1986年11月2l日,伊豆大島火山が割れ目噴火を起こし,全島民が島
外避難をしたあの時から,ちょうど10年になります.山腹の割れ目は,14
21年に島の南部で起きて以来のことですから,大島火山にとっては565年
ぶりの出来事だったのです.
この間,噴火活動は山頂部に限られ,しかも安永の大噴火で中央火口丘・三
原山が生じてからは,すべて三原山の山頂火口からの噴火でした.島の人びと
は,三原山の火口から燃え上がる火を「御神火」と呼んで崇め,また鳥の重要
な観光資源としてきました.
1986年の噴火のときも,l1月15日に始まった山頂噴火で,溶岩の火
柱が天高く上り,その壮観をひとめ見ようと,多くの観光客が島を訪れていま
した.とくに11月23〜24日の連休には,どっと観光客が押し寄せるもの
と期待を寄せていたのです.その矢先の2l日夕方,火口原で割れ目噴火が発
生したのです.
ここ20年ほどの間に,日本の国内でも,また海外でも,あらゆるタイプの 火山災害が起きてきました.火山災害の見本市といってもいいほどです.
〔日本の例〕
1977年8月に始まった有珠山の噴火では,降下噴出物によって建物や農
作物に被害を生じました.大量の軽石が温泉街に降り注いだために,住民の避
難が行われました.翌78年10月には,大雨とともに泥流が発生,温泉街に
流れ込んで3人の犠牲者をだしました.
l983年10月3日,三宅島が噴火,溶岩が流出して阿古の集落をほとん
ど呑みこんでしまいました.海岸付近では,マグマ水蒸気爆発も発生しました.
さいわい三宅村の対応が早かったために,1人の死傷者もださずにすみました.
l988年12月,十勝岳が噴火,雪どけ泥流の発生する危険があったため,
麓の上富良野町や美瑛町の一部住民が避難しました.
l989年7月,伊東沖で海底噴火が発生,被害はなかったものの,水深9
0mの海底に小さな単成火山を新たに生じました.
1990年l1月に始まった雲仙岳の噴火では,91年5月に溶岩ドームが
出現,その先端が崩壊して火砕流が発生しはじめ,6月3日には43人の犠牲
者を出しました.その後も雲仙岳の活動は続き,95年2月に溶岩ドームの成
長が止まるまで火砕流は発生しつづけ,東〜北東の斜面は,火砕流の堆積物に
厚くおおわれてしまいました.この間,多くの家屋が火砕流で焼かれ,土石流
に埋まり,農耕地も失われました.今後も大雨が降れば,火砕流堆積物が流れ
出して土石流を発生させることは必定です.そのため,いま砂防ダムなど防災
施設の整備が急がれているところです.火山活動は停止しても,その後遺症は,
重く長いものなのです.
このように見てくると,火山の噴火に伴って想定されるあらゆるタイプの災 害が,ここ20年ほどの間に世界中で起きてきたことがわかるのです.
ひとたび大噴火を引き起こせば,恐ろしい災害を発生させる火山ですが,ふ
だんは,私たちに多くの恵をもたらしてくれる有り難い存在です.
美しい風景や温泉,豊かな湧き水,肥沃な土壌と,火山の与えてくれる恩恵
は尽きません.だから,火山周辺の土地利用はたいへん進んでいて,山腹や山
麓に多くの人が住みついていますし,その一方で,観光開発の手も,火山の斜
面をどんどん這い上がっています.火山が静穏なときは,その恵みに,人間は
どっぷりと漬かっているといってもいいでしょう.
だが,とつぜん火山が眠りを覚ますと,それは大きな脅威となって人間社会
に降りかかってきます.だからこそ,火山周辺に生活を展開する人びとにとっ
ては,火山といかにうまくつきあっていくかが問われるのです.
それには,火山が静がなとき,つまり平常時に何をしておくかが,きわめて
重要です.
火山には個性があります.どんなタイプの噴火を起こすかは,火山ごとに異な
ります.また同じ火山でも,時によって異なるタイプの噴火をすることがあり
ます.そうした火山の性質をよく把握したうえで,将来大きな噴火が発生した
とき,山麓のどんな環境の所に,どんなタイプの災害が起きやすいかを予測し
ておくことが重要なのです.
そうした予測の結果を,ハザードマップ(災害予測図)にまとめ,防災のた
めの基礎的な情報資料としておく必要があります.現在,伊豆諸島の活火山で
は,伊豆大島と三宅島で,ハザードマップが作成・公表されています.
しかし日本全体を見渡すと,ハザードマップが整備されている活火山は,ま
だ数えるほどしかありません.
日本列島には,86の活火山があります.このうち,l0火山は北方領土に
ありますし,l2は海底火山です.これらを除いた63が,北方領土を除いた
陸上にある活火山です.しかもそのほとんどの火山で,土地利用が進み,観光
開発も行われています.
これらのうち,地元の自治体の手でハザードマップが整備さている火山は,
現在のところ12に過ぎません.全陸上火山のl/5にも充たないのです.
なぜハザードマップの整備が遅れているのでしょうか.理由の1つは,観光
地であるがために,火山噴火の危険性などをうたえば,地元のイメージが低下
して,観光客の数が減少することを心配するからです.
しかしよく考えてみると,火山の美しい風景や温泉など,火山の限りない恵
みを観光の資源として客を招くのであれば,訪れる観光客の安全を守る責務が,
招き寄せる側にあることはいうまでもありません.むしろ,防災対策が整備さ
れていること自体を,観光の目玉にするぐらいの意識の改革が必要ではないで
しょうか.
それにハザードマップは,作りさえすればよいというものではありません.
それが活用できなければ,防災上まったく意味がないのです.
先に挙げたl985年ネバデルルイス山の噴火のとき,国(コロンビア)は,
立派なハザードマップを作成して,地元の自治体に配付していました.そして
泥流は,ほぼ予測されたとおりの経路を流下しました.しかし残念なことに,
このハザードマップは防災の役には立たず,25000人もの死者をだしてし
まったのです.なぜかといえば,ハザードマップを配られた地元の白治体に,
その内容を読み取る能カがなかったからです.