- 伊豆大島は伊豆小笠原諸島最北端の大
島
日本列島は次の1〜5の縁海/島弧/海溝系から出来ています。
1.オホーツク海(千島海盆)/千島弧/千島海溝 2.日本海北部(日本海盆)
/東北日本弧/日本海溝 3.四国海盆など/伊豆小笠原弧/相模舟状海盆〜伊豆小
笠原海溝 4.日本海南部(大和海盆)/西南日本弧/駿河舟状海盆〜南海舟状海
盆 5.東シナ海(沖縄舟状海盆)/琉球弧/琉球海溝。
伊豆大島は3.の中の伊豆小笠原弧に所属します。これは海面下3000〜4000m
からそびえたつ幅400〜300kmの海底大山脈で3列に細分できます。東側から
(A)小笠原群島を載せる活火山のない小笠原海嶺,(B)伊豆半島東半部,伊
豆諸島,硫黄島列島を載せる七島-硫黄島海嶺(活火山多し),(C)伊豆半島
西半部とその南方の海山列からなる西側の西七島海嶺(活火山あり)です。
伊豆大島は(B)のうちの伊豆諸島最北端にある面積最大の島です。
- 伊豆大島は銭洲海嶺東端の絶壁の上にある
伊豆小笠原弧は北方に向かうと様相が変わります。
まず,東側の小笠原海嶺が北緯29度30分あたりで東側の伊豆小笠原海溝に
呑み込まれてしまったのか北方では見あたりません。七島-硫黄島海嶺と西七島
海嶺は逆にこのあたりから浅くなり,西南日本に目立つ東北東-西南西方向(西
側)〜北北東-南南西方向(東端部)の基本構造に平行な高まり(リッジ)で斜
めに繋げられてしまいます。八丈島から北側では5列のリッジが出現します。
南から5番目(最北端)のリッジである伊豆半島部の西側の火山列(蛇石→
達磨火山)は西七島海嶺の続き,東側の火山列(天城→箱根火山)は七島-硫黄
島海嶺の続きです。今では両方とも陸化し,全体として北北東-南南西方向を向
いています。
大島を載せるのは南から4番目,北から2番目のリッジです。非常に長くて
全長が280km,大島-青ヶ島間と同じです。このリッジは西南端で水深3400
m,東北に向けて徐々に高くなり,最東北端の大島の最高峰は+758mになりま
す。傾斜は1000分の15mです。その先はどうなっているのでしょうか?大島
の東側と北側は大絶壁で,海岸から僅か9kmで水深1600〜1800mの相模舟状海
盆底に落ち込んでしまいます。傾斜は1000分178で,前者の12倍です。大袈
裟ですが大島は「絶壁」の上にあります
- 活発な火山活動は天の恵み
火山活動が活発な七島-硫黄島海嶺上の島々の中でも比べればマグマに恵まれ
た島とそうでない島とがあります。
マグマに恵まれない島は太平洋の荒波に削られて,せっかくできた陸地が減
少します。高い絶壁で囲まれ,海岸低地が狭く,住み難い,船を着けにくい,
飲み水が取りにくい島となります。
これに対してマグマの潤沢な島は波が陸地を削っても,次々と新しいマグマ
が出てきてを陸地を回復します。溶岩が海岸に流れ込んで扇状〜帯状の頑丈な
溶岩台地を作ってくれます。これらが,天然の防波堤となるため,人々は安心
して住めます。溶岩流が運良く海にまで突き出してくれると天然の突堤となり
ます。伊豆大島の元町港,三宅島の三池港などです。さらに運が良ければ,海
岸部でマグマ水蒸気爆発が発生し,円筒形〜深鉢型の火山性凹地をあっと言う
まに作って貰えることさえあります。この凹地が海に繋がると天然の良港とな
ります。代表例が大島の波浮の港です。淡水が溜まって池になると重要な水源
となります。三宅島の大池などがこれに当たります。
活発な火山活動は,まさに御神火,天の恵みです。但し,恵みが多ければ多
いほど火山活動は激しくなります。ひどい目に遭うか,災いを転じて福となす
事が出来るかは,その時々の人間社会の実力,特にリーダー層の実力にかかっ
ています。
- 大島はひびだらけ?
大島はマグマが特に潤沢な火山島ですが,そのマグマも運良く島のほぼ真ん
中の中心火道から大量に吹き出します。ですから,丸い島になっても良さそう
ですが,実際には,北から30度西に振れた方向に長く伸びた菱形の島です。長
軸が15km,短軸が9kmです。
この地域一帯に北西ー南東方向の広域的な力がかかっているため,概略,こ
の方向にぱっくりと割れ目が出来やすく,中心火道から登ってきたマグマの一
部はこの割れ目沿いにも広がり,そこからもマグマが漏れだしやすくなるので
大島は北北西に長い島になったのだと説明されました(中村,1986)。
図には高度3400m前後から撮影した空中写真の立体視によって判読した直線
状模様が点線で描かれています。リニアメント〜リニアイメージと呼ばれるも
ので,概略4方向あります。
- 北北西ー南南東方向
西海岸・東海岸の概形を規制します。島の西半分に長大なものが多数あり,
東海岸に短いものがあります。西暦250年以降の噴火地点の多くはこの西半部
にあります。三原山は西半部東縁にある現在の中央火口です。
- 北西ー南東方向
島の北東部の泉津一帯に多い。この地点の海岸線の方向を規制します。1987
年に地質調査所が発行した大島の特殊地質図に掲載されている東海岸や南部の
岩脈・割れ目は多くはこの方向に描かれています。1986年噴火時に出来た火口
列もこの方向でした。
- 西南西ー東北東方向
細かい海岸線方向を規制するもので,全島的にくまなくあります。特に南部
に明瞭なものが多数あります。これに沿った側火山は今のところ発見されてい
ません。
- 西北西ー東南東方向
北東側・南西側の海岸線の方向を規制しています。島の北部は明瞭で南部は
不明瞭です。この方向の岩脈は岡田火山地帯,筆島火山地帯で発見されていま
す(一色,1984)。
図 阪口ほか
(1987),一色(1984),田沢(1980,1981b 1984, 1991),佐藤(1952),Nakamura (1964)
を簡略化し,平坦面分布,リニアメント〜リニアイメージを加筆
ところで,これらのリニアイメージ〜リニアメントは,実際には何なのでし
ょうか?大きく分けて2種類が考えられます。第1は社会的なものです。たと
えば,直線状地境,高圧線(跡地),直線状道路跡,直線状水路跡,直線状旧
植林境界などです。第2は大地の変動で出来た天然のものです。直線的な地形・
地層境界,直線的断層線〜地割れ線,直線的断層(線)崖,直線的岩脈などで
す。大島で考えやすい天然のものは以下の2種類です。
(1)直線状岩脈起源
垂直に近い板状の割れ目から昇ってきたマグマが地表近くまで迫って来た場
合は,地表近辺では地割れが出来たり,出来なくとも地下水条件がそこだけ違
ってしまいますから,直線状の細い溝(リニアメント)や色調の境界線(リニ
アイメージ)が出来ます。
岩脈が地表にまで出てしまった場合は,そこだけは堅い岩で出来ていて木が
生えにくくなります。周辺地帯は土壌が厚く柔らかく,地下水が豊富で,大木
が茂る事が出来ます。そこで,岩脈の上だけは,空から見ると周辺より低く見
えます。また,生えている木が違いますから,色調が違います。先ほど述べた
北北西-南南東方向のものや北西-南東方向のリニアイメージの一部はこうした
ものでしょう。今日の大島の形や高さを作り上げてきたのは地表までたどりつ
き噴出できたマグマだけではありません。途中で”討ち死”にした多数のマグ
マも大きな役割を果したのです。
(2)直線状の地割れ〜断層起源
火山地域では,しばしば2方向の割れ目があります。一つは前述の広域的な
押しの方向(北北西ー南南東)に平行なものです。この方向に側火山が沢山並
びます。ところが,少数ですが,これに直交する方向の側火山が現れることが
あります。 大島では,そうした方向の側火山群は認識されていませんが,こ
の方向の直線状地割れが谷を越え尾根を越えて全島的に走っています。時には,
ただの地割れではなく,落差を伴うものもあります。
例えば,南部の差木地神の根から波浮港に到る東北東-西南西方向のリニアメ
ントは陸地と海との境界となったり,陸の部分では段差があるように見えたり,
波浮の港の入り口を切断しているかに見えます。
泉津〜動物公園一帯の海岸段丘の背後の海食崖は北西ー南東方向で比高が50
〜100mもあります。この崖は直線的で,前面の泉津の集落を載せる海岸段丘は,
この崖を境に北西に形動しているように見えます。
大島はマグマに恵まれ,その昇降・下降が激しいのですから地盤も昇降が激
しくなり,当然,地割れ〜表層断層も出てきますから,注意が必要です。
- 大島は西に傾いている?
図には,西南西-東北東(短軸)方向に切った地質断面図が描かれています。
地表地質図,地形図など様々なデータをもとに作成した想像図です。
数10万年前?のものと推定されている古い筆島火山,行者窟火山,岡田火山
の残骸は東海岸側〜北東海岸側に露出し,西海岸には露出しません。その後,
新しい噴火がこれらの火山の西側の海で始まったと考えらています。大島火山
の誕生です。最初は海水と接触しやすいのですから噴火は爆発的でした。数万
年前?のことです(富樫・一色,1983)。その頃の火山岩類はほとんどが北東
海岸側〜東海岸側に分布します。西海岸には確かなものはありません。発見さ
れた地名をとって泉津層群とか,まとめて主成層火山古期山体構成層と呼ばれ
ます。
これらの上位に重なる陸上噴火型の大島火山の噴出物(2〜3万年前以降?:
古期大島層群とか主成層火山新期山体構成層と総称)の底は地質図では東海岸
の300m近い崖の途中に描かれています。しかし,西海岸では底はほとんど見
えません。2〜3万年分のテフラ・溶岩が見えます。大島火山の斜面は西側が急
傾斜で東側は緩傾斜です。
主成層火山の中心部が陥没して現在の大きな火口(カルデラ)が出来た頃以
降に噴出したものは新期大島層群と呼ばれます。概略西暦250年以降の噴出物
です。現在活動中の三原山をも含めて,これら新期のものは島の中央よりは西
側に偏った位置にあります。調査は不十分ですが,大島には概略3群の平坦地
があります。高い平坦地は東半部だけにあり,低い平坦地は西側に偏って広く
分布します。島を取り囲む海岸段丘の一部は西に傾いて見えます。こうした様々
な証拠から,大島火山は西方に傾き続けてきた,きっとこれからもこの傾向は
続くと多くの研究者は考えてきました。
- まだわからないことが多い大島火山
これからの伊豆大島はどうなるのでしょうか? 近い将来にどんな噴火がど
こから起こるのか短周期変動を知るために大島および周辺海域に多数かつ多種
類の観測点が置かれ,時々刻々と大量多種のデータが集められています。
ところで,近い将来に何が起こるのかがわかれば,それで充分かと言うとそ
うではありません。噴火は常に平均的〜等間隔的〜等量的に起こるというのな
ら,それで良いのですが,そう甘くはありません。自然変動は様々な周期性変
動の重ね合わせです。短周期変動だけではありません。
また,歴史は何事も周期的・平均的に変動する天下泰平期と全てがおかしく
なる激変期の繰り返しです。従来にはない新しい異質な変動がかならずいつか
は起こるものです。そうした新しい変動の「さきがけ」を敏感に掴めない社会・
民族は世界史的に見ても衰退してしまいました。そうなりたくなかったら,近
い過去から遠い過去に向けてデータを集め,間に合うように様々な変動を探り
出さなければなりません。
大島火山は故中村一明,一色直記,田沢堅太郎らの火山学会会員の研究で新
しい時代ほどよくわかっています。しかし,数千年前以前の古い時代になると,
まだまだわからない事が多いのです。例えば,地形学者佐藤 久は,1952年に,
(1)最初に東側に古い成層火山が出来た,(3)山頂部が陥没して東側のカルデラ(大
きな火口)が出来た,(2)このカルデラの西の縁に新しい成層火山が出来た,(4)
そこが沈下して西側のカルデラが出来た,(5)その中に三原山が出来た。という2
回の成層火山〜カルデラ形成というモデルを示しました。これに対して,1964
年に故中村一明会員は1回の成層火山〜カルデラ形成,但し,最初に西側カル
デラ,続けて東側カルデラ形成というモデルを示しました。これはかなり大き
な意見の食い違いで,将来,3つ目のカルデラが出来るとしたら,それは西海岸
か東海岸か,三原山は西側カルデラを覆うほどの3回目の大成層火山になるの
か,などなど,今後の大島を考えるときに重要です。
- 地層大切断面は日本の宝ー中長期予測に必須
全国的に地層消滅が激しい御時世ですが,過去を知り,未来を予測するため
には,各時期の地層が見える場所(露頭という)を保存しておく必要がありま
す。これは,本来,国家がなすべき仕事なのですが,今はそうなっていません。
日本では地層はどんどん消滅しています。科学技術力がマイナスに作用し,将
来予測の土台を掘り崩しています。
地層は出来るだけ細かく古い方から時間順に並べて記載し,試料を採集せね
ばなりません。特に時計代わりとなる降下火山砕屑物層の露頭は大切です。こ
れを下から上へと並べた標準柱状図を作り,露頭スケッチを作り,テフラ番号
をつけ,そこに行けば,誰でも確実に時間順に観察できるように,試料が採集
できるようにしておかねばなりません。そこで見た各時代のテフラ(火山砕屑
物)を時計代わりにして,各地に点々と出現する地層を対比したり,ボーリン
グコアの鑑定をします。もととなる模式露頭を保存管理せねばなりません。残
念ながら保存管理されている露頭は日本ではほとんどありません。
ところが,大島にはそれがあります。千波崎地層大切断面です。柔らかい地
層としては日本最長で,陸側・海側併せて830mにもおよぶ大露頭群を町当局
は今日まで維持管理してこられました。ここでは,お陰様で,2.4万年分以上の
貴重な噴火記録を内蔵する火山砕屑物層,160層余の採集が可能です。伊豆大島
の方々は慣れてしまって,当たり前と思っていらっしゃるかもしれませんが,
実は,全国的には極めて稀な模範例なのです。地層大切断面は自然文化複合遺
産です。日本の宝です。火山学会の一員として,大島町ならびに大島町民の皆
様の長期にわたる努力に心からの感謝の意を表します。
文献
一色直記(1984)大島地域の地質。地質調査所
中村一明 (1986)火山のはなし。岩波新書。
阪口圭一ほか(1987)伊豆大島火山1986年の噴火-地質と噴火の歴史-。地質調
査所
佐藤 久(1962)伊豆諸島の火山地形。科学,22巻7号
田沢堅太郎(1980)カルデラ形成までの1万年間における伊豆大島火山の活動。
火山,25巻3号。
田沢堅太郎(1984)伊豆大島における沿岸堆積物の形成と火山活動。火山,29
巻1号。
富樫茂子・一色直記(1983)大島火山先カルデラ成層火山古期山体火砕流堆積
物中の樹幹の14C年代。火山,28巻4号。
上杉 陽ほか(1994)伊豆大島千波崎地層切断面露頭群のテフラー標準柱状図-。
第四紀研究,33巻3号。