- マグマの動きと噴火の予知
火山噴火は地下深部で発生したマグマが地表まで上昇することによって起こ
ります.したがって,マグマがどのようにして生まれ,どのようにして地表ま
で到達するかを知ることが,火山噴火を理解するための基本となります.これ
まで火山噴火予知の研究では,噴火の前兆現象をとらえることに多くの努力を
払ってきました.その結果,普段から観測を続けている火山で噴火が起こる場
合には,ある程度の予測をすることができるようになりました.しかし,確実
な噴火予知にはまだ程遠い現状です.その理由は,マグマそのものや火山噴火
のメカニズムをまだ完全には理解できていないためです.
マグマができるのは,地下数十kmの深さのマントルとよばれる場所です.マ
グマはマントルよりも軽いためマントルの中を浮かび上がってくることができ
ますが,地殻をつくる岩石はマグマよりも軽いことが多く,マグマはマントル
と地殻の境付近か地殻の真ん中あたりで動けなくなります.こうしてマグマは
しばらくそこにたまることになります.このような,マグマが集まった場所を
マグマだまりとよびます.しかし,マグマだまりの大きさや形についてはよく
わかっていません.このことも,確実な噴火予知が困難な理由のひとつです.
噴火を予知するといってもいろんな問題があります.まず,ある火山がいつ
噴火するかという時期の問題があります.さらに,その火山のどの場所からど
のような噴火が始まるのかという,噴火の場所や様式に関する問題があります.
また,噴火が実際に始まった後でも,今後噴火はどうなるのだろうかという噴
火の推移に関する問題もあります.そして,いつ噴火が終わるのだろうかとい
う問題もあります.もしこれらのすべてに答えることを予知というならば,噴
火予知はまだ当分は不可能だといえます.
しかし,上に述べたいろいろな予知のうち,今でも可能なものはあります.
例えば,ハワイのキラウエア火山や鹿児島県の桜島火山では,噴火の予報が可
能な段階になっています.噴火の数時間前には,山体がごくわずか膨らみ,小
さな地震も起こりますので,こういう噴火の兆候がキャッチされると,これか
ら数時間以内に噴火が起こりますという予報が可能です.このように,噴火が
もうすぐ起こるかどうかを予知することを短期的予知といいます.その火山で
同じ様式の噴火が繰り返し起こっている場合には,噴火にともなって発生する
異常現象を数多く観測して経験をつめば,短期予知はかなりの程度実用的にな
ります.数百年に一回とか数千年に一回噴火するような火山でも,観測体制が
ある程度整っていれば,噴火前に何らかの異常現象が捉えられるので,噴火が
起こりそうだと予測することが可能な場合があります.例えば,雲仙普賢岳が
1990年11月17日に198年ぶりに噴火を始めたときには,その数ヵ月前から噴
火しそうだと分かっていましたし,一ヵ月前には,確実に噴火するだろうと考
えて,火山の研究者達はいろいろな観測の準備をしていました.
しかし,今は静かな火山が十年後に噴火するか,あるいは十年間は噴火しな
いかどうかという,長期的な予知については非常に困難です.噴火に前兆現象
があるとしても,その前兆がいつ発生するのか予想できないからです.長期予
測の方法としては,各火山の過去の噴火の記録を解き明かして,何年毎に噴火
する特徴があるかなどを調べることが考えられます.また,どのようにして噴
火に至るのかというしくみを理解する必要があります.
噴火の様式についての予知もかなりやっかいです.ひとつの火山でもいろい
ろなタイプの噴火をすることがあります.したがって,将来起こる噴火がどの
ような様式のものかを正確に予測することは大変困難です.でも,過去の噴火
の様式を詳しく調べれば,その火山でどのようなタイプの噴火が多いのかは分
かりますし,その場合に災害を減らすためにはどのような準備をしておけばよ
いかも予測することができます.
もうひとつやっかいな問題は,噴火が始まった後で,今後どうなるだろうか
という見通しに関する予知です.残念ながら,現在のところこの予知はほとん
ど不可能です.それは,噴火を引き起こすマグマが,地下にどのくらい用意さ
れているのかということがわからないからですし,たとえそれがわかったとし
ても,その内どれだけが噴出してしまえば噴火が終わるのかなどがよくわから
ないからです.これらの問題に答えるためには,地下に蓄えられたマグマの量
を知るとともに,噴火がおこるしくみについてもっと理解を深める必要があり
ます.
- マグマの動きをどうとらえるか
次に,マグマの動きを捉える方法について実際の例を挙げてご紹介します.
マグマの蓄積が進行したりマグマがたまりから上昇を開始すると,マグマや火
山性ガスの圧力によって,マグマだまりやマグマの通路の周辺で地震が起こる
ことがあります.まず,震源の分布と移動からマグマの位置と移動経路を推定
した例についてご紹介します.図1は,雲仙普賢岳の周辺で1989年11月〜1991
年5月の期間に発生した地震の震源分布を示したものです.最初,1989年11月
に雲仙普賢岳西方の千々石湾の地下11km付近で地震が多く起こりますが,その
後さらに東の方でも地震がおこるようになり震源の深さも浅くなります.そし
て,1990年11月17日に噴火が始まり,1991年5月20日には溶岩ドームが地
表に顔を出します.さまざまな観測結果から推定されたマグマの位置と上昇経
路が図下部に矢印で示してあります.火山活動にともなう地盤の上下変動や伸
び縮みの分布にもとづいて,上昇経路の途中3ケ所にマグマの一時的なたまり
場所があると考えられています.
図1 1989年11月〜1991年5月の期間に,雲仙火山周辺で発生した地震の震源分布(清水,1994).
次に,桜島火山の個々の山頂噴火に対応して,マグマの動きを高精度な地殻
変動観測によって捉えた例をお話しします.図2は,桜島火山の火口から約3km
の地点で,トンネル内に設置された傾斜計および伸縮計によって観測された,
山頂噴火前後の地盤のわずかな傾きおよび伸び縮みを示したものです.火道を
上昇してきたマグマが火口直下のある深さに蓄積してそこの圧力が次第に増加
し,数十分後に噴火が起こると圧力が減少していくようすが見事に捉えられて
います.これらの傾斜と歪変化のデータをもとにして,繰り返し起こる山頂噴
火を自動的に予測するシステムが開発され,平均70%以上の成功率をあげてい
ます.
図2 傾斜計と伸縮計で捉えられた,桜島火山の爆発前後の地殻変動(石原,1990).
マグマが上昇してきて地表に近づくと,地震や地殻変動以外にも異常現象が
観測されることがあります.高温のマグマや火山性ガスの熱によって引き起こ
される,地下岩石の電気抵抗や地磁気の変化がそのひとつです.これは,岩石
の電気抵抗と磁気(特に,玄武岩質の溶岩は強い磁気を帯びている)は,温度
が上がると減少することによります.このような異常が最も顕著に観測された
のが,1986年の伊豆大島火山の噴火です.三原山火口周辺での全磁力(地磁気
の強さ)および電気抵抗の測定は,1986年噴火の10年程前から行われていまし
たが,1986年噴火の数ヵ月前から異常な変化が観測されました.観測開始以来
増えていた全磁力は1981年頃から減り始めますが,特に1986年に入ってから
減り方が急になります.また,図3の電極の組み合わせC(地下数百mの深さ
の抵抗を反映する)で測定された抵抗値は,噴火の3カ月前から噴火直前まで
に5割も急減しています.これらはいずれも,マグマが火口地下浅いところま
で上昇してきたことにより引き起こされた現象です.
図3 三原山火口地下の見かけ比抵抗変化(行武ほか.1990).
マグマが火口地下浅いところで移動したときに観測される別の現象に,重力
(地球の引力)の変化があります.これは,マグマの移動にともなって,それ
が地表におよぼす引力が変化することで起こります.図4は,三原山頂の火口
から500mの地点で観測された1986年噴火後の重力変化です.この地点は,噴
火後は,1年間に約5cmの割合で沈降していることが分かっていますが,この
ような場合通常は重力は増加します(地球の重心に近づくため).しかし実際
は,図にみられるように,点線で示した期間(1988年3月頃まで)重力は異常
に減っています.これはまさに,火口地下の火道内でマグマが下降している(観
測点から遠ざかっている)ことを捉えたものです.これらの観測結果から,現
在では,三原火口の地下2kmよりも浅いところでマグマが上昇下降する場合に
は,その位置を重力変化から推定できるようになっています.
図4 三原山山頂での高度変化と重力変化の関係.
以上,噴火が近づきマグマが移動を開始すれば,さまざまな異常現象が起こ
り,適切な観測によってこれらを捉えることができるということをお話ししま
した.しかし最初にも述べましたように,噴火間隔の長い火山の長期的な予測
や噴火の規模,様式および推移の予測は,現在のところ大変困難です.これら
の課題に答えるためには,火山活動の仕組みについてもっと定量的に理解を深
める必要があります.
- より確実な噴火予知をめざして−伊豆大島での挑戦
火山活動の仕組みについての理解を深め,活動予測をもっと確実なものとす
るために,最近いくつかの新しい試みがなされています.ひとつは,火山体の
地下構造を詳しく調べることによって,マグマだまりの位置,形,大きさや火
道などを明らかにしようとする試みです.これらが分かれば,噴火前の短期的
な異常現象が観測されたときに,その意味を的確に解釈するために大変役に立
ちます.もうひとつは,長期予測をめざして噴火の準備過程,すなわち噴火と
噴火の間に地下のマグマだまりでは何が進行しているのか,を明らかにしよう
とする試みです.
地下構造の探査は,地震波や電磁場,重力の異常などを観測して行われます.
平成6年度から始まった第5次火山噴火予知研究計画でも地下構造の探査が重
点項目のひとつになっており,平成6年度は九州の霧島火山で,ダイナマイト
を用いた人工地震探査や電磁気構造探査,重力探査などが全国の関連研究者が
協力して行われました.6点で発破が行われ,その信号を約150点で観測しま
した.現在,さまざまな方法で観測データの解析が行われていますが,地震波
の速度や減衰構造を詳しくしらべることによって,マグマだまりを捉えようと
しています.火山の地下構造を探査するために,このような大規模な共同観測
が行われたのは国内では初めてのことです.平成7年度には雲仙火山で実施さ
れ,平成8年度は再び霧島火山で構造探査が行われる予定です.
一方,地震の波を利用して地下構造を探査する新しい方法も開発されつつあ
ります.火山の周辺で起こった地震の波が火山体を通って地表に到達するまで
に,マグマなどまわりの岩石とは性質の異なる物質が存在する領域を通ると,
波の形が乱されます.この乱された波形を地表で観測して,その原因となる地
下構造の異常を調べる方法です.この方法では,従来よく用いられている地震
波速度の異常を調べる方法に比べて,数倍の分解能で構造の異常を探査するこ
とができます.図Aは,このような方法によって求められた,大島火山の地下
構造です.カルデラの地下約8〜10km付近に存在する強い散乱体は,マグマ
だまりであろうと解釈されています.これほど詳しく火山の地下構造が捉えら
れたのは,世界でも初めてのことです.
図A 地震の波で調べた伊豆大島火山の南北断面図,深さ10km付近の強い散乱はマグマの存在を示している(三ケ田,1994).
次に,やや長期的な予測に関する試みについてお話しします.数十年おきに
噴火する火山で,噴火と噴火の間に地下では何が起こっているのでしょうか.
ある程度規則的に噴火が繰り返す場合,全く偶然に深部からマグマが上昇して
きて起こるとも思えません.地下では,次の噴火の準備が着々と進行している
のではないでしょうか.これまでこの問題に関しては,ごく少数の噴火頻度の
高い火山(キラウエア,桜島など)を除いて,実際の観測データがほとんど得
られておりませんでした.ここでは,大島火山の1986年噴火前後の観測データ
にもとづいて,マグマ供給のしくみについてどこまでわかっているかについて
ご紹介します.
噴火の数カ月前から三原火口周辺では,地磁気や地下の電気抵抗が異常に減
少し火山性微動が発生するなど,顕著な前兆現象が観測されていました.しか
し,火山学の常識として予想されていたマグマの上昇に伴う山頂部の隆起や膨
張は,噴火前の数年間観測されませんでした.このことがその当時噴火予知が
必ずしもうまくいかなかった最大の原因でした.これらの一見矛盾するように
見える前兆現象の特徴は,火道(マグマの通路)が発達していて,粘性の低い
玄武岩マグマが抵抗をあまり受けずに容易に上昇できたためであろうと一応解
釈されていました.しかし,マグマが上昇を開始するまえには,地下(のマグ
マ溜り)でなんらかのマグマの蓄積があるはずです.マグマはどこに蓄積して
いたのでしょうか.これらの疑問は,噴火の10年以上前からの観測データの再
調査によって,その後解明されました.
噴火前の10数年間,大島周辺の地震活動,地殻変動,地磁気および地下の電
気抵抗は,図5に模式的に示すように系統的に変化していました.これらの前
兆現象は以下のように統一的に説明できます.まず,1980年頃までの大島全体
の膨張変動は,大島中央部のカルデラの地下約8kmの深さにマグマだまりが
あって,1970年以前から年間数百万立方メートル程度のマグマが蓄積していた
とすると説明できます.また同時期の地磁気の異常な減少も,膨張変形に伴い
地下の岩石の磁気が減少するという効果によって説明できます.1980年以降,
大島の膨張と地磁気の異常な減少が停止したのは,その頃からマグマが地表へ
向けて上昇し始め,地下深部からのマグマの供給量と流出量とが釣り合ったた
めと考えられます.そう考えると,1980年以降に三原火口周辺で地下の温度上
昇を示す地磁気や電気抵抗の異常な減少が観測されたことも自然に説明できま
す.
図5 伊豆大島火山1986年噴火の前兆過程の模式図.
1986年噴火の前兆過程についてのこのような仮説が正しいとすると,噴火後
は再び地下深部からのマグマの供給により大島の膨張が始まっていることが予
想されます.そのことを確かめるために,噴火後も大島全島の距離測量を繰り
返しましたが,結果はまさに予想通りでした.図6に山頂カルデラおよび北山
腹を横断する測線の長さの変化を示します.すべての測線でほぼ一定の速度で
距離が伸びているのがわかります.また膨張圧力源の位置は,構造探査によっ
て推定したマグマだまりの位置にほぼ対応しています.これらの観測研究によ
って,大島火山では噴火の短期予知にとどまらず長期的な予測も近い将来には
可能になると思っています.さらに,大島火山のマグマ供給システムについて
のこのような理解をふまえて,同じような玄武岩マグマを噴出し,21世紀初頭
には次の噴火が予想される三宅島火山で,噴火の長期予測の実験をするべく観
測を開始しております.
伊豆大島火山のカルデラおよび北山腹を横断する測線の距離の変化.
最後に,今年度に実施される大島火山カルデラ内での深さ1kmのボーリング
計画についてご紹介します.この計画では,図7に示しますように,ボーリン
グ孔内に地震計と水中マイクロフォンを多点設置し,地表の観測点とあわせて
3次元的な観測網を構成します.これによって,噴火前後に三原火口の直下で
発生する地震や微動の震源を精密に推定できるようになります.また,水位水
温計を設置し,火道内を上昇してきた高温のマグマや火山ガスがまわりの地下
水を加熱することによって起こるさまざまな現象の発生機構を解明します.さ
らに,カルデラの地下構造とその成因を調べたり,採取した岩石資料の地質岩
石学的な分析によって大島火山の活動史とマグマ供給のしくみを解明すること
などをめざしています.このような目的で活動火口の近くに深さ1kmの総合観
測井を掘削するのは,世界的にも初めての試みであり成果が期待されています.
<
伊豆大島火山のカルデラ内の総合観測井掘削計画.