1.はじめに
2000年11月から,2001年5月にかけて,富士山の直下で深部低周波地震の活動が高まりました(図1).1980年代から富士山周辺では地震計による観測が行われていて,それまでは1年間に十数回程度の発生でした.ところがこの期間には1ヶ月で100回を越えるような深部低周波地震を観測したのですから,一般の方々だけでなく,火山研究者のなかにもただならぬ事態だと考えた人もいました.
幸い,活発化したのは地震活動だけで,マグマが浅いところへ移動したことを示すような地殻変動は一切観測されませんでしたし,地震の活動もその後もとのレベルに落ち着いてしまいました.しかし,この深部低周波地震の活発化によって,富士山は300年間噴火を起こしていないけれど,その地下ではマグマの活動が続いていることを思い起こさせたのです.
富士山は日本の最高峰でもあり,日本の象徴とも言うべき火山です.したがって,富士山についてはさぞかし詳しく分かっているだろうと思うかもしれませんが,実は必ずしもそうではありません.富士山は多くの謎を秘めた火山でもあるのです.
図1.1999年から22002年にかけての富士山直下の地震活動.
富士山直下の深さ15km付近に集中する地震が深部低周波地震 (東京大学地震研究所地震地殻変動観測センターによる) |
2.富士山をつくったマグマ
富士山は日本で一番大きい火山ですから,これまでに地下から運び出されたマグマの量も日本一です.ところが,その年齢はおよそ10万年で,日本の火山のなかでは比較的若い火山です.つまり,地下から単位時間あたりに運ばれるマグマの量も日本一,別の言い方をすると成長速度も日本一ということになります.ところが,なぜ,富士山が日本一かということの理由はよく分かっていないのです.
また,富士山をつくったマグマの化学的性質も,日本のほかの火山とはちょっと違っています.火山をつくるマグマはそのシリカ成分(SiO2)の量によって区分され,少ないものから多くなる順に玄武岩,安山岩,デイサイト,流紋岩という名前が付いていますが,日本の火山の多くは安山岩やデイサイトマグマで作られるのが普通です.浅間山やしょっちゅう爆発を繰り返している桜島火山は安山岩マグマでつくられた火山です.1990年から95年まで噴火をつづけ,1991年には43名の火砕流による犠牲者をだした雲仙普賢岳のマグマはデイサイトでした.2000年の有珠山噴火のマグマもデイサイトです.
このように,日本の普通の火山は安山岩やデイサイトのマグマが主なのに,富士山はその10万年の歴史を通じて,殆ど玄武岩というマグマを出し続けてきました.300年前と2800年前の2回の噴火では最初に例外的にデイサイトマグマを噴出しましたが,すぐに玄武岩マグマで置き換えられてしまいました.
このように,長い間玄武岩マグマだけを噴出する火山は日本では珍しいのです.このような富士山の特異な性質は,富士山が日本でも特殊な場所に成長した火山であるためだと考えられています.富士山はユーラシアプレートと伊豆半島をのせたフィリピンプレートが衝突・沈み込んでいる場所に,東側から太平洋プレートが沈み込んでいるという地学的に複雑な場所にできた火山だからです.
しかし,このような特殊な場所にできる火山が,どうして玄武岩マグマばかりを大量に出し続けるのかという理由ははっきりしていません.一つには富士山の地下の状況がどのようになっているのか殆ど分かっていないからです.
3.富士山は4階建て?
富士山の地下を調べる方法はいくつか考えられます.一つは,ボーリングといって地面に穴を開けて調べる方法です.
この方法を実施するのは容易ではありません.ボーリングにはずいぶんと費用がかかるものなのです.地下の構造を調べるためには,温泉を掘り当てるときのように,ただ穴を開けるだけでは済みません.穴のなかから,岩石を取り出す必要があるのです.費用がかさむのはそのためです.
最近,富士山の北東側で何箇所かこのようなボーリングが行われました.その結果,これまで私たちが理解していた富士山の構造とは大分違うことが分かってきました.これまで富士山は3階建ての火山だと思われてきました.小御岳火山の上に,小富士火山,新富士火山が重なってできたのが現在の富士山だというものです.
しかし,昨年までの2年をかけて行ったボーリング調査の結果,小御岳火山の前に先小御岳火山とも言うべき火山があったらしく,図2のような構造が考えられるようになりました.富士山はどうやら4階建てになっているようなのです.これは,小御岳火山の岩石よりも下位から,富士山でもなく小御岳火山でもないマグマから作られたと思われる岩石が回収されたことから推論されています.この推論が正しいかどうか,これからも調査を続けなければなりません.
図2.富士山の地下構造(吉本ほか,2004).
先小御岳火山,小御岳火山は玄武岩,安山岩,デイサイトからなるが,古富士火山,新富士火山は基本的には玄武岩マグマのみ |
このようなボーリングでは直接地下の岩石を手に入れることができる一方,穴を掘った場所の地下構造を知ることができるだけです.少し離れた場所では別の岩石が分布しているかもしれません.また,掘れる深さはそれほど深いものではありません.人類がこれまでに掘った世界記録は14kmで,大変掘削しやすい条件が整った場所でしたが,それでも十数年もかかっています.富士山のような火山では掘削の条件が悪く,たとえ予算が潤沢にあっても深い穴を掘るのは容易ではありません.予算も潤沢ではなかった私たちが掘った穴の深さは,650mが最高です.
4.地震波でさぐる富士山の地下構造
このような直接的な方法ではありませんが,もっと広い範囲の地下構造を調べる方法があります.一つは人工的に地震を起こして,地下の地震の波の伝わり方から地下の構造を調べる方法です.
2003年の秋に私たちはこの方法で富士山の地下構造の探査を行いました.富士山の山頂を通るような側線に沿って400台の地震計をならべておいて,5箇所で火薬を爆発させて人工地震を起こしたのです(図3).この人工地震による波の伝わり方を400台の地震計で調べようというものです.このようにたくさんの地震計を並べましたから,その結果を解析するにはまだ時間がかかります.
図3.人工地震による富士山の構造探査の地震計配置と発破地点.
S1〜S4,K1が,発破地点.S1からK1のあいだの黒丸のつながりが設置した地震計の位置. |
図4.人工地震により推定された富士山の南西ー北東断面の地下構造(及川ほか,2004による). |
いまのところ,予備的結果として,図4のような地下構造が得られています.富士山の中心部に基盤が盛り上がっているように,比較的地震は速度の速い部分が山体の中心部に分布しています.同様の構造が,岩手山やイタリアのエトナ火山などでもみられ,成層火山のでき方を理解する上で大きな手がかりになりそうです.
また,富士山の北東と南西では地下構造にずいぶん大きな違いが認められます.これは富士山の下でフィリッピン海プレートが沈み込んでいる一方,伊豆半島のある部分ではフィリッピン海プレートは沈み込めずに衝突していることと関係があるようです.
この方法の問題点は地下構造がせいぜい数キロしか分からないということです.人工地震とはいってもエネルギーは自然の地震に比べると大変小さいので,深い場所の構造はわからないのです.
5.富士山のマグマだまりはどこにある?
このために,私たちは別の探査計画も発足させました.これは富士山から遠く離れたところで起こる地震の波を富士山の周囲に設置した地震計で捉えて,富士山の地下深くの構造を調べるものです.この方法だと,富士山の直下の十数キロから数十キロの深さの地震波速度構造を調べることができます.
しかし,自然の地震は人工地震と違って,狙った場所で狙った時間に起こってはくれるわけではありません.したがって,何年間か観測をして,遠くのいろいろな方向でおこる地震を待ち受け,データを蓄積する必要があるのです.この観測は今年中に終える予定です.
こちらもまだ完全なデータの解析が終わってなく,予備的段階ですが,図5のような結果が得られています.求められた地震波速度は予想よりも少し速すぎる点もあるので,もっと解析を進める必要がありますが,富士山の地下15キロ付近に地震波の速度が遅い部分があることは確かなようです.
図5.自然地震観測から求めた富士山の地下構造(中道ほか,2004による)
地図および断面図の赤点は地震の位置を示す. |
この地震波速度の遅い部分の周辺部で2000年秋から2001年初夏にかけての低周波地震が起こったようです.地震波が遅いということはこの部分の温度が高くて,周囲と比べるとやわらかいためだと考えられます.この部分のどこかにマグマの溜りがあるのか,それとも全体として高温でやわらかい岩石でできているのかはまだ決定できませんが,マグマの溜りがある可能性は高いでしょう.
このように考えるのは別の根拠もあるからです.地下構造は地震波だけでなく,電磁気的な方法を使って調べることもできます.富士山のような高い山でこのような探査を行うのは大変ですが,数年かけて富士山の地下の電気抵抗を調べた結果が公表されています.
この結果を見ると,地下数十キロの部分に電気抵抗が低い領域があることが分かります(図6).岩石の電気抵抗が下がる原因として,岩石の隙間に水がある場合が考えられますから,この電磁気探査の方法は温泉や地下水を探すのに使われます.しかし,火山の真下の地下深くの場合には,水というよりもマグマの存在が考えられます.マグマも電気抵抗を下げる大きな原因なのです.したがって,電磁気探査の結果からも富士山の下にはマグマが存在している可能性が高いといえます.
図6.電気探査からもとめた富士山の地下構造(Aizawaほか,2004による). 富士山の直下数十キロメートルの位置に電気抵抗の低い領域(C1)が存在する. 図の小黒点はフィリピン海プレート内の地震.星印は2000年から2001年にかけての深部低周波地震. |
しかし,電磁気探査と地震波探査とでは,マグマのありそうな深さに差があります.まだまだ,解析の精度をあげないと私たちが本当に知りたいマグマの情報にはなってくれません.
6.おわりに
このように,富士山の地下構造はかなり詳しく分かってきましたが,まだ地下にあるマグマ溜まりの正確な場所や大きさを知ることはできません.これは富士山だけに限ったことではありません.世界のどの火山でもマグマ溜まりをきちんと捉えた例はないのです.
その理由はマグマ溜まりの大きさにあるかも知れません.火山の下にあるマグマの溜まりは通常それほど大きいものではありません.一回の噴火 で出てくるマグマの量は,富士山では大噴火といわれる場合で,たかだか1立方キロです.これだけのマグマが地下で球状に溜まっているとすると,半径数百メートルの大きさになります.この程度の大きさのものの正確な形を,地震の波を使って調べるのはかなり大変です.
地震波の速度は地下では1秒間に数キロメートル程度で,周波数は10ヘルツくらいです.ということは地震波の波長は数百メートルということになります.波長と同じくらいの大きさのものを調べるのは不可能ではありませんが,大変です.私たちが顕微鏡を使って1ミクロンもの小さなものを見ることができるのは,光の波長は数百ナノメートルと短いからなのです.波長が数百メートルの地震波で数百メートルの大きさのマグマ溜まりを見るのは大変だということはお分かりいただけると思います.
しかし,マグマ溜りを完全に見ることはできなくても,その動きを捉えることはそれほど難しいことではありません.火山噴火というのはマグマという高温の物質が地下深くから浅い場所に移動してくることによって起こるのです.こういうものが移動してくるときには硬い岩石を掻き分けてくるのですから,その先端では岩石を破壊しながら,地震を起こしながら移動するので,地震の発生場所が移動してくるかどうかを調べれば分かります.
このような地震の起こる位置を正確に決めるためには,地下構造が良く分かっている必要があるのです.人工地震や自然地震を使って,地下構造を調べようとしている動機の一つはここにもあります.「なぜ富士山がそこにあるのか」ということを理解するためだけでなく,富士山が次に目覚めるとき何が起こるかを知り,あらかじめ噴火に備えることができるようになるためにも,地下構造を知ることは重要なのです.富士山を理解しようとする努力はこれからも続きます.
引用文献
Aizawa, K., R. Yoshimura, and N. Oshiman: Splitting of the Philippin Sea Plate and a magma chamber beneath Mt. Fuji, Geophys. Res. Lett., Vol.31, No.9, L09603, (2004)
中道治久・渡辺秀文・大湊隆雄・富士山稠密地震観測グループ:「富士山稠密地震観測による地震波速度構造探査」,月刊地球, 号外48,17-22,(2004)
及川純・鍵山恒臣・田中聡・宮町宏樹・筒井智樹・池田靖・潟山弘明・松尾のり道・西村裕一・山本圭吾・渡辺俊樹・大島弘光・山崎文人:「人工地震を用いた富士山における構造探査」,月刊地球, 号外48,23-26,(2004)
吉本充宏・金子隆之・嶋野岳人・安田 敦・中田節也・藤井敏嗣:「掘削試料から見た富士山の火山形成史」,月刊地球,号外48,89-94,(2004)