1.はじめに
富士山は約10万年間にわたり頻繁に噴火を繰り返して成長しました.これらの噴火の大半は0.1 km3以下の体積の溶岩や火山灰などを噴出する小規模なものでしたが, 1km3近くないしはそれ以上の噴出物を伴う規模の大きな噴火もしばしば発生しました.
1707年に南東斜面で発生した宝永噴火では火山灰や火山礫が風下側100km以上の地域を覆い,864年に北西斜面で発生した貞観噴火では溶岩が山麓の広範囲を埋め尽くしました.また,地質時代には山体の斜面が大きく崩壊することもありました.
このような大規模な噴火や山体崩壊はめったに発生しないとはいえ,一度発生すると被害が激甚であるため,今後の防災対策をすすめる上からもその発生メカニズムや噴火の推移を詳細に明らかにする必要があります.
2.噴火の推移が解明された宝永噴火
1707年噴火は富士山の最新の噴火である上に,噴火に伴う火山灰が当時の大都市である江戸に降灰したため,記録が多数残されています.最近,各地に残された噴火の記録をまとめ,宝永噴火の詳しい推移(小山,2002;小山・他,2003)や噴火後の土砂災害の実態が明らかにされています(角谷・他,2002).
これによれば噴火は12月16日から翌1708年1月1日まで続いたものの,絶えず噴火が続いていたわけでなく,時折,空が見えるような断続的なものでした.詳しくみると噴火の規模は16日が最大で,その後は比較的小規模な噴火が断続的に続き,25日に再び活発化しました.
宝永噴火では繰り返し噴出した火山灰や火山礫が富士山の山麓に堆積し,その体積は0.7 km3に及びます.噴火記録と噴出物を構成する多数の火山灰・火山レキ層の厚さや粒径の変化を比較し,噴出物中の各層が形成された日時を推定しました.これに噴出量のデータを加え噴出率の時間変化を求めた結果,噴出率は噴火開始直後の16日が最大で, 25日は16日の半分程度でした(図1;宮地・小山,2002).
このようなデータをもとに火山防災マップ作成のための降灰域のシミュレーションがなされています(富士山ハザードマップ検討委員会,2004).
図1 宝永噴火の噴出率の推移(宮地・小山,2002) |
3.歴史時代最大規模の噴火だった貞観噴火
864年噴火は富士山北麓に広がる青木ヶ原樹海を作る青木ヶ原溶岩を噴出したことで知られています.青木ヶ原溶岩は原生林で覆われているため,噴火口や溶岩の詳しい分布は明らかではありませんでした.
そこで航空レーザー測量で得られた地形データを赤色化立体画像とし(図2;千葉・他,2003),現地調査と併せて青木ヶ原溶岩の地形を詳しく調べた結果,これまで知られていなかった多数の火口が発見されました.そして864年噴火は長さ約2kmに渡る長大な割れ目の複数箇所で発生したものであることが判りました(鈴木・他,2003).
図2.青木ヶ原溶岩分布域の赤色化立体画像(千葉・小山,2002) |
一方,古記録から,青木ヶ原溶岩はかつて富士山の北西山麓に存在したせの湖という巨大な湖に流入してこの大半を埋め立て,埋め立てられずに残った部分が西湖と精進湖であると言われています.ただし,せの海の存在は必ずしも実証されていませんでした.
そこで,かつてせの湖が存在したと思われる場所でボーリング調査を行った結果,青木ヶ原溶岩は地表から135mの深度まで堆積していました.このうち深さ70mまでは陸上に堆積したものでしたが,70〜135mまでは水中に堆積した溶岩であることが判りました(千葉・他,2004).
このように,ボーリング調査から伝説の巨大湖の存在が実証されたのです.また,このボーリング調査結果をもとに青木が原溶岩の噴出量を再計算した結果,1.2km3となり,その噴出量は最近3200年間の中では最大であることが判りました(荒井・他,2003).
4.山体崩壊の危険性
富士山は現在では均整のとれた円錐形をしていますが,地質時代にはしばしば山体崩壊と呼ばれる大規模な山崩れが発生し,山体の斜面には巨大な谷が刻まれました.富士山ではこのような山体崩壊が過去2.3万年間に少なくとも4回発生したことが知られています(山元・他,2002).
ただ,富士山は崩壊後も爆発的な噴火が山頂を中心に繰り返されたため,崩壊により生じた地形は埋め立てられ,その結果,円錐形の山体が維持されてきました.
最新の山体崩壊は,約2900年前に東側斜面で発生しました.地質学的研究からその様子は以下のようであったと考えられます(宮地・他,2004).
山体崩壊によりこれまで富士山の山体を構成していた溶岩や火山礫の一部が岩屑なだれとなって東側の山麓に崩れ落ち,その崩壊物は箱根火山の西側の斜面を少し駆け上がり停止しました.
この時に堆積した土砂の厚さは現在の御殿場駅付近で10m,自衛隊の駐屯地がある滝が原付近では40mに達し,その体積は1km3以上に及ぶことが地質調査やボーリング資料を解析した結果わかりました.
この岩屑なだれは富士山の東斜面に存在した古富士火山の高まりの一部が大地震などに伴い崩壊し発生したと考えられます.この高まりをなす古富士火山の地下にはマグマに熱せられた水の作用により脆くなった溶岩や火山礫の変質帯が存在し,この一部が崩壊の滑り面となったと思われます.崩壊は山麓側から山頂側に進み,古富士火山の高まりは3つのブロックに分かれて順に崩れ落ちたと思われます(図3).
図3 御殿場岩屑なだれ発生時の富士山の模式的な地質断面(宮地・他,2004) |
5.大規模噴火に備える
宝永噴火や貞観噴火のような大規模噴火が発生する場合は多量のマグマが地表近くに移動します.現在,富士山周辺には微少な火山性地震や地形変化を捕らえるための観測網が整備されつつあり,大規模噴火の前兆現象を捕らえることができるかもしれません.ただし,マグマが急速に移動した場合には観測結果を解析している最中に噴火が発生する可能性も否定できませんし,広大な富士山に設置されている観測機器数は必ずしも充分なものとはいえません.
従って,ハザードマップの整備やそれに基づく防災対策の整備は勿論のこと,より詳細な観測網を整備するとともに,観測された変化をすみやかに解析しその結果を公表するシステムの整備が必要です.
一方,山体崩壊はいつどこで発生するかを予測することは困難です.ただし,富士山の地下に仮にまだ古富士火山の変質帯が存在するとそれば,この変質帯が山体崩壊のすべり面となる可能性が高く,今後,変質帯の分布を把握することが重要です.
引用文献
荒井健一・鈴木雄介・松田昌之・千葉達朗・二木重博・小山真人・宮地直道・吉本充宏・冨田陽子・小泉市朗・中島幸信(2003)古代湖「せのうみ」ボーリング調査による富士山貞観噴火の推移と噴出量の再検討.地球惑星科学関連合同学会2003年度合同学会予稿集,V055-P012
千葉達朗・鈴木雄介・藤井紀綱・清宮大輔・小山真人・宮地直道・冨田陽子・小泉市朗・中島幸信(2003)レーザープロファイラーデータを使用した微地形可視化手法.地球惑星科学関連合同学会2003年度合同学会予稿集,V055-P014
千葉達朗・浜倉結花・宮地直道・高橋正樹・安井真也・松田文彦・中島幸信(2004)ボーリングコアによる古代湖「せのうみ」の埋積過程の検討.日本火山学会2004年秋季大会講演要旨集(印刷中)
千葉達朗・小山真人(2002)青木ケ原樹海の地形が見えた.富士砂防工事事務所,ふじあざみ38号,1-2
(http://www.cbr.mlit.go.jp/fujisabo/public_info/fujiazami/fujiazami38/fujiazami_01.html)
富士山ハザードマップ検討委員会(2004)富士山ハザードマップ検討委員会報告書,240p.
(http://www.bousai.go.jp/fujisan-kyougikai/report/index.html)
角谷ひとみ・井上公夫・小山真人・冨田陽子(2002):富士山宝永噴火(1707)後の土砂災害.歴史地震,18,133-147
小山真人(2002):富士を知る.集英社,199p.
小山真人・西山昭仁・井上公夫・角谷ひとみ・冨田陽子(2003):富士山宝永噴火の降灰域縁辺における状況推移を記録する良質史料「伊能景利日記」と伊能景利採取標本.歴史地震,19,38-46
宮地直道・小山真人(2002)富士山宝永噴火の噴出率の推移.地球惑星科学関連合同学会2002年度合同学会予稿集,V032-P024
宮地直道・千葉達朗・富樫茂子(2004):富士火山東斜面で2900年前に発生した山体崩壊.火山,49(5),(印刷中)
鈴木雄介・千葉達朗・荒井健一・藤井紀綱・清宮大輔・小山真人・宮地直道・吉本充宏・冨田陽子・小泉市朗・中島幸信(2003)航空レーザー計測結果にもとづく富士山貞観噴火の溶岩流出過程.地球惑星科学関連合同学会2003年度合同学会予稿集,V055-P015
山元孝広・高田 亮・下川浩一(2002)富士火山の岩屑なだれ.富士火山―火山災害と噴火予測―,月刊地球,24,640-644