火山のハザードマップをいかに活用するか

小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室)

 


 

1.はじめに

 火山のハザードマップは,将来起こりうる火山災害の規模・様相や影響範囲・対策などをあらかじめ予測・図示した資料です.ハザードマップを通じて,将来いずれは発生する噴火を事前に仮想的に「体験」し,その体験にもとづいた対策に取り組むことができます.
 しかしながら,火山噴火がまれな出来事であることも,また事実です.ハザードマップの刊行によって高まった火山への興味・関心もやがては風化し,次世代へと受け継がれない可能性が十分あります.これでは大変な労力と費用をかけて作られたハザードマップが浮かばれません.
 火山への防災意識や対策を風化させないためには,ハザードマップを活用した取り組みを持続・継承していく努力が必要です.結局は,平穏時に住民がどのくらい火山を意識した生活が営めるかが鍵となるでしょう.ここでは,火山のハザードマップを最大限有効に活かすために,マップが担いうる役割を整理し,活用にあたってのポイントを述べたいと思います.

2.ハザードマップの役割

火山のハザードマップが果たしうる役割は,大きく分けて表1に示す4点になると考えます

(1)噴火の際の生命・財産の保全

 火山ハザードマップを作成する一番の目的は,火山が噴火した場合の周辺地域の被災危険度を図示することです.これによって,万一の際に住民の生命・財産を守るための対策を事前に立てておくことができます.このことはハザードマップの当然の役割として自明のことなので,ここでは火山のハザードマップをこの目的に活かすためのポイントをひとつだけ述べることにします.
 火山のハザードマップに対する典型的な誤解のひとつとして,「ハザードマップは次に起きる噴火の被災範囲を正確に予測したもの」があります.しかしながら,火山災害に限ったことではありませんが,災害の発生箇所や被災範囲をあらかじめ正確に求めることはもともと困難なことです.
 ハザードマップは,あくまでその作成当時の知識にもとづいて仮定した初期条件のもとで,被災リスクが相対的に高いと考えられる領域を色塗り表現したに過ぎないものです.危険度の差を示す境界線の位置の精度は高くなく,ちょっとした噴火の初期条件の違いによって境界が大幅に移動することもありえます.
 このため,ハザードマップはあくまで目安と考え,境界線の細かな位置などはあまり気にせず,マップに描かれたことに100%依拠しない,空間的・時間的な余裕をもった対策をとることが重要です.

(2)長期的な土地利用計画への活用

 ハザードマップの役割は,災害時の危機管理だけにとどまるものではありません.火山のハザードマップは,過去数百年から数千年間にわたる噴火履歴データにもとづいて作成された長期的な被災危険度分布図,すなわち火山山麓の土地カルテと言ってもよいものです.
 したがって,ハザードマップにもとづいて,噴火危険のない間は居住・産業・観光などへの最大限の土地利用をはかる一方で,万一の被災に備えて,たとえば危険度の高い地域への学校・病院やライフライン施設の建設を制限する等の配慮をすることが可能です.
 しかしながら,現状においてハザードマップを土地利用計画に活用した例はわずかです.ハザードマップを用いた土地利用区分は,実際には法制度や住民感情などと密接にからむため,早期の実現が難しい面があります.
 私は,噴火危険性がとくに高まらない限りにおいては,長期的な被災危険度をよく納得した上での個人の居住地選択を規制すべきでないと思います.しかし,災害弱者施設やライフライン施設への立地制限や移転促進については,実際に事があってからでは遅いので,火山ハザードマップを所有するすべての自治体においてマップにもとづいた検討を開始してほしいとも考えます.

(3)郷土の自然教育・防災教育への活用

 たいていの火山ハザードマップにおいては,慣れ親しんだ郷土の地形や事物がどのような火山作用によって作られ現在の姿になったかが語られているため,郷土教育への利用が可能です.また,当然のことながら,火山噴火に対する防災教育の貴重な教材ともなりえます.
 日本で最近公表された火山ハザードマップの一部(秋田焼山,秋田駒ヶ岳,岩木山等)では,本来の危険情報を十分含みつつも,火山の生い立ちと恵みに関する情報や,山麓の自然散策ガイドなどが併せて掲載され,普段から火山に親しみながら防災知識を学べる工夫が施されています.
 また,ハザードマップ自体は危険情報を主としたものでありながらも,その内容を広い年齢層に向けてかみ砕いた副読本やビデオが別途作成された例もあります.地域の将来をになう小中学生にターゲットを絞ったハザード教材も,いくつか開発されています.立体地形図の上にハザードマップを重ねたものも作られるようになり,教材としてうってつけです.
 以上述べたような,平穏時から興味をもって親しんでもらえるハザードマップを作成しようとする方策は,きわめて重要です.なぜなら,危険情報だけが満載されたマップを受け取っても,よほど防災意識が高くない限りは,ひと通り眺められただけで引き出しの奥などにしまわれてしまうことでしょう.とくに,富士山のような,長い平穏期のただ中にある火山の山麓では,その傾向がつよく表われるはずです.
 そうならないために,噴火が差し迫った状況にない火山のハザードマップは,火山の危険予測情報だけの掲載にとどまらず,教育や地域振興の目的に使用できるように,火山の自然や恵みに関する情報や観光情報も加えた総合自然ガイドマップとして作成されるべきです(表2).住民が普段から火山の自然に親しみ,災害と表裏一体の関係にある恵みへの理解を深めることによって,知らず知らずのうちに火山防災の基礎知識や知恵が普及され,結果として災害に強い郷土が築けるのです.

(4)観光や地域振興のための基礎データ提供

 ハザードマップは,住民自身がまちづくりや地域振興を考えていく上での基礎資料ともなりえます.前節において火山の恵み情報を含めたハザードマップの教育的効用について述べましたが,アイデアと工夫次第でもっと積極的な火山観光地図として味付けすることもできるでしょう.さらには,それに関連した観光施設と人(ビジターセンター,案内板,案内者による観光ツアー)や事物(観光ガイドブック,みやげもの等)を付加していくことによって,火山観光を前面に打ち出した地域振興をはかることも可能と思われます.
 火山は,いったん噴火を始めると恐ろしい災害をもたらし,人々の生命や財産をうばったりしますが,長い目で見ると人間に豊かな,他に代えがたい恵みをもたらしています(表3).

 綿々とした火山の営みの中で,恵みと災害はつねに表裏一体の関係にあるのです.しかも,たいていの火山の一生において噴火期はほんの一瞬に過ぎず,休止期はそれよりはるかに長いのが普通です.万一の噴火に備えた十分な準備と対策を施しておきさえすれば,火山山麓に住む人々や,そこを訪れる観光客は,安心して火山の恵みを今後も享受してゆくことができるでしょう.
 このような火山のリスクとベネフィットをセットとしてみる視点は,多くの一般市民にとって「目からウロコ」のはずであり,新しい視点にもとづく観光素材としての可能性を秘めています.
 実際に,箱根山では観光客への啓発目的に特化したハザードマップが作成されました.今後は旅館や観光施設に掲示していく予定ということです.また,九州の九重火山でも観光客用に特化された美しい火山ハザードマップが作成されています.有珠山周辺の自治体は,有珠山の山麓全体をひとつの自然博物館あるいは野外体験施設としてとらえ,エコツーリズム指向の観光客を誘致する「洞爺湖周辺地域エコミュージアム構想」の検討・実施を始めています.同様の試みは雲仙火山でも「平成新山フィールドミュージアム構想」として策定・実施されています.また,観光情報雑誌の企画記事として,有珠山や樽前山の火山観光をテーマとしたものが現れたことも特筆すべきです.

 現代火山学の叡知を結晶したハザードマップは,ここで述べた視点にもとづけば,郷土の知的・文化的財産のひとつであると言ってよいものです.火山のハザードマップをまちづくりや教育・観光に活用していくために,専門家と市民が一体となった取り組みがいま求められています.

参考文献

小山真人・編(2002)富士を知る―特集/富士山災害予測図.集英社,199p.

読売新聞特別取材班ほか(2003)活火山富士―大自然の恵みと災害.中公新書ラクレ,220p.

 
 


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2004年10月,日本火山学会: kazan-gakkai@kazan.or.jp