北アルプスの火山をめぐる

地質調査所主任研究官  中野 俊


  1. 北アルプスの火山とは?
  2.  北アルプスの山脈は南北に連なっていますが,それと同じように火山も南北に点々と並んでいます(図1).これを乗鞍火山帯とか乗鞍火山列などと呼んでいます.ふつうは北アルプスといえば南は乗鞍岳までを指すのですが,乗鞍火山列にはその南の御嶽山を含むだけでなく,さらに南西の湯ケ峰という小さな火山(溶岩ドーム)まで加えてもよいでしょう.北の白馬大池火山はやや東にずれたところにあるのですが,これも乗鞍火山列に含めます.ここでは,乗鞍火山列すべての火山を北アルプスの火山と呼ぶことにします.なお,火山というものはどこにでもあるものではありません.八ケ岳は全部が火山でできていますが,中央アルプスや南アルプスには火山は1つもありません.
     北アルプスでよく知られた火山といえば,立山,焼岳,乗鞍,御嶽ですが,これ以外にも白馬大池や鷲羽・雲ノ平などの火山があります.円錐や釣鐘型のような火山に特徴的な形をしていることもありますが(かつては,コニーデとかトロイデとか呼ばれていました),やがて崩れてついには火山らしい形がなくなってしまい,噴火でできた岩石の一部だけが残されていることもあります.これらは,どこから噴出したのかわからないこともありますし,地下から上昇してきたマグマの通路(火道や岩脈)だけが残されていることもあります.最近,地質調査所の5万分の1地質図に代表されるように,北アルプスの詳しい地質調査が精力的に進められていて,また,岩石の年代測定技術の進歩もあって,次々と新しい事実の発見もなされています.谷をつめ,崖を登るという先端技術とは程遠い地道な地表踏査と,最新の分析技術がうまくかみ合った結果,様々なことが少しずつ明らかになってきています.
     火山の研究にとって,それがいつ頃できた山かということは重要なことです.富士山のように美しく整った円錐形をしていれば,それがごく最近できたと判断することは簡単でしょう.しかし,時間が経つにつれ山が削られていけばもともとの地形(地表面)がなくなってしまうので,ふつうは岩石の年代を測るなどしないと,この火山がいつ頃噴火していたかと判断することはむずかしくなります.図1では,地質時代が第四紀(氷河時代とか,人類進化の時代ということもあります),すなわち,だいたい170万年前よりも新しい火山だけを示していますが,それより古い火山もいくつかあります.最近わかったことですが,槍穂高連峰は約240万年前の噴火でできた岩石(火山岩)からできていますし,後立山連峰の針ノ木岳や五龍岳の岩石も同じような時代の火山岩です.笠ケ岳や薬師岳はもっと古い時代,7000−5500万年くらい昔の火山噴火でできた岩石からできています.ここでは,第四紀に活動した火山,すなわち170方年前よりも新しい火山に注目します.


    図1 北アルプスの火山の分布.
    170万年前より新しい火山をで示してある.○○火山といっても,実際はいくつかの火山が集合していることが多い.

  3. 最近のできごと 一活火山?今もアクティプ一
  4.  活火山という言葉がありますが,気象庁の定めている現在の基準は,(1)過去2000年以内に噴火したもの,または,(2)噴気活動が活発なものです.北アルプスでは,御嶽と焼岳が(1),立山と乗鞍が(2)の基準で活火山に数えられています.なお,噴気活動とは火山ガスの噴出をいうのですが,火山ガスが硫化水素や亜硫酸ガスを比較的多く含む場合,これを硫気といいます.これらを噴出しているところが噴気孔または硫気孔です.

     御嶽 (木曾御嶽)火山は1979年に噴火しました(図2).この火山は噴気活動があったので活火山とされてはいましたが,噴火記録がありませんでしたのでまさかの予期せぬ噴火でした.その後の詳しい研究によって,最近6000年間に1979年を含めて5回の噴火がおこっていたことがわかりました.これらの噴火は,マグマが直接地表に出るような大きな噴火ではなく,火山灰を出すだけの水蒸気爆発だったようです.その後,1991年にもごくごく小規模な水蒸気爆発がありました.水蒸気爆発とは,地下水が水蒸気となって一気に膨張しておこるもので,周囲の岩石を吹き飛ばして火山灰を放出するだけで,溶岩や軽石の噴出はありません.また,火山活動ではありませんが,1984年には御嶽山直下を震源とする長野県西部地震がありました.この時に御嶽山の一部が崩れたのですが(御嶽くずれ),崩れた土石がなだれのように一気に山麓へ流れ下り,ふもとの王滝村では29人の犠牲者が出ました.


    図2 御嶽火山の噴火.
    山頂の南,地獄谷の上部から噴火した.灰色の噴煙が火山灰を含んでいる.1979年10月28日12時30分頃,空撮(中部カラー(株)提供).

     焼岳 火山は,ときどき群発地震をおこしてはいるものの,1963年の噴火を最後におとなしくなっています.山頂付近では,今は噴気(硫気)活動のみです(図3).記録に残っている焼岳の噴火はいずれも水蒸気爆発ですが,その中では1915年の噴火が有名です.上高地の大正池は,この時に発生した土石流が梓川をせき止めてできたものです.また,焼岳火山が上高地そのものをつくった,という説もあります.本来,梓川は上高地から西に向かい高原川に流れ込んでいたのが,火山が成長することによって流路がふさがれてしまったのです.そうすると,そこには大量の砂や礫がたまるようになり,そのうちに埋め立てられて平坦な地形が広がりました.それが上高地です.やがて南に出口をみつけて,現在の梓川になって排水されたという考え方です.これは大いに可能性がありますが,はたして本当のことなのかまだ確かめられてはいません.いずれにしろ,焼岳が噴火しなかったならば,今の風光明媚な上高地はできなかったのは確かです.山や湖はこのように生まれ,やがて消えゆくものです.いつまでも同じ姿を保つことはできません.今の姿を守ることも大切でしょうが,移り変わるのも自然の成り行きです.むやみに手を加えても自然の動きを止めることはできないでしょう.なお1995年,焼岳南東麓の中ノ湯付近で水蒸気爆発がおこり,崩れた土砂の下に4人が生き埋めになる事件がありました.この爆発も広い意味では火山の活動といってよいでしょう.


    図3 焼岳火山の焼岳溶岩ドームと上高地(空撮).
    山頂付近から白い噴気が上がっている.大正池は土石流で埋め立てられてほとんど川になってしまった.

     立山 火山には噴火記録が残されていませんが,噴気活動があることから活火山として扱われています.最近1万年間に4回の水蒸気爆発がおこっていることがわかっています.立山黒部アルペンルート,室堂バスターミナル近くの地獄谷には活発な硫気孔がありますが,観光名所になっていますからご存じの方も多いでしょう(図4).ここでは高温の温泉があちこちから湧き出ています.室堂から弥陀ケ原,そして五色ケ原などが火山岩でできていて,その真ん中の常願寺川上流には大きくえぐれた“立山カルデラ”があります.ここでは,1858年の飛越地震に揺すられて山が崩れ(大鳶崩れ),それに引き続く土石流・洪水によって富山平野では大きな被害が発生しました.その後も地すべりや大雨による土砂災害が頻繁におこっていて,“カルデラ”は拡大を続けています.なお,立山連峰の主稜線そのものは火山ではありませんので,この火山を立山火山ではなく弥陀ケ原火山と呼ぷ人もいます.


    図4 立山火山,地獄谷の噴気塔(1981年撮影).
    噴気(硫気)から硫黄が昇華して成長した.1996年に訪れたときは,この噴気塔は活動を停止していた.

     乗鞍 火山が活火山の1つに数えられているのは,白骨温泉のさらに上流(湯川)に硫気孔があったからです.この場所が乗鞍高原温泉の源泉ですが,岩石が硫気変質のために真っ白くなっています.硫気変質とは,地下から上がってきた温泉水やガスのために岩石や鉱物の成分が変わってしまうことですが,変質によって岩石が脆くなったり,硫黄成分のために植物が生育しなくなったりします.この源泉から乗鞍高原まで,一部はトンネルを通して7km以上も湯を引いていますが,温泉を引く工事のせいか:現在では硫気活動はほとんど見られなくなっているようです.乗鞍火山では,最も新しい溶岩は約9000年前に流れ出ています.それ以降は,山頂部の噴火日において平均700年に1回の割合で水蒸気爆発がおこっていることがわかっています.


    図5 乗鞍火山
    左が最高峰の剣ヶ峰.右(北)へいくつもの峰々が続く.

     噴火口や溶岩などはありませんが,高瀬川上流(槍ケ岳の北)の硫黄尾根周辺では,岩石が広範囲にわたって硫気変質しています(図6).そのなかの硫黄沢付近には,活発に活動しているいくつもの硫気孔があります.1年ないし数年に1回,爆発昔を伴う激しいガスの噴出があり,空高く吹き上がるのが遠くからも見られるそうです.そのすぐ北西側には鷲羽・雲ノ平火山があります.この火山にもいくつかの噴火口があったと考えられていますが,硫黄沢付近の硫気孔は,これらの噴火口が並んでいる方向の延長上にありますので,この硫気活動は鷲羽・雲ノ平火山の活動とみなしてもよいかもしれません.そうすると,鷲羽・雲ノ平火山も活火山に加えてもよいと思います.


    図6 鷲羽・雲ノ平火山の鷲羽池火口(手前).中央が硫黄尾根で著しく変質しており,あまり植生が育たない.硫気孔があるのはこの尾根の手前側.遠方は槍穂高連峰.

  5. 火山は生まれてやがてなくなる
  6.  火山は成長し,やがて寿命がつきると活動を止めてどんどん削られて消えていきます.生きている間でも,長いこと鳴りをひそめていたり,周期的に噴火をおこしたり,それぞれの火山には個性があります.同じところから繰り返し噴火する火山を複成火山といいますが,北アルプスの火山は多くがそういうものです.このような火山の寿命は数十万年くらいといわれています.それに対し,1度しか噴火しないものを単成火山といいますが,湯ケ峰がそういうものです.また,複合火山ともいいますが,○○火山といっても実際はいくつかの火山の集合体であることが多く,○○火山群と呼ぷこともあります.たとえば,焼岳火山群は溶岩ドームを中心とした焼岳火山のほかに,割谷山・白谷山・アカンダナ火山などからできていますし,乗鞍火山には南北に連なったたくさんの峰があるのは,いくつもの火山が集合している複合火山だからです(図5).御嶽も同様に,南北にいくつもの峰や噴火口が並んでいます.
     では,北アルプスの火山はいつ頃生まれ,どのくらいかかって成長してきたのでしょうか.それぞれの火山(火山群)の活動していた時期を図7に示しました.これは現在までに得られたデータに基づくものですが,立山や白馬大池などについては,現在おこなわれている詳しい地質調査と年代測定によっ大幅に修正される可能性もあります.乗鞍や御嶽は,詳しい地質調査に基づいた多くの年代測定が最近おこなわれたところです.また,測定値ごとにばらつきが大きいので,奥飛騨火砕流や上宝火砕流の噴出した年代についてはまだまだ正確なことはわかりません.この図に示されるように,長い目で見ると,乗鞍や御嶽のような複成火山には活動している時期と静かにしている時期があります.このような場合,たとえば,古い部分を古期,新しい部分を新期などと呼ぴます.新期と古期の間では,山はどんどん浸食され崩れていったのでしょう.たとえば,乗鞍火山では50万年以上もの間,火山活動がありませんでした.その間に古い火山(古期)は崩れて,山の半分がなくなってしまっているのです.このような場合,平均的な火山の寿命を考えると,全体を1つの火山と呼ぷのは適当ではないのかもしれません.御嶽火山では,長い休止期の後の新期の始まりには,大量の軽石を出して大きなカルデラができました.また,このような火山では,たとえ新期といってもその間に噴火する場所を移動して隣に新しい山ができたりもしていますので,実際にはいくつもの火山が集合しているといってもいいのです.


    図7 北アルプス火山の活動時期.

  7. 火山の石
  8.  さて,火山というのはその中身はいったい何からできているのでしょうか.火山ですから,マグマが噴火口から流れ出たり吹き飛ばされてできた岩石(火山岩)からできあがっています.火山岩といってもいろいろありますが,それ以上は現地に足を運ばなければわからないことです.それが地質調査です.何年もかけて山を歩き回って,どこにどのような岩石がどのように分布しているかを調べます(この場合,もちろん地表だけの話ですが).そうしてできあがるのが,岩石の種類や時代の違いを色分けして示した地質図です.その一例を図8に示しました.北アルプスの場合,火山から噴出した溶岩は大部分が安山岩と呼ばれる種類の岩石です.白や黒の数ミリ以下の結晶が,灰色っぽいなかに点々と散らばっています.灰色といってもさまざまで,黒いもの,青味がかったもの,ほとんど白いものなど,いろいろあっます.御嶽には,安山岩よりも粘り気が少なく流れやすかった玄武岩という種類の岩石からなる溶岩も少しだけあります.焼岳や湯ケ峰のような溶岩ドームは,粘り気がかなりあるマグマが固まったもので,デイサイトや流紋岩と呼ばれる岩石であることがふつうです.このような岩石は,高速で山の斜面を流れ下る火砕流になることもよくあります.大規模な火砕流になると,流れて止まった時にまだじゅうぶんに温度が高かった場合,粉々になって流れていた岩石のかけらどうしがくっついて,まるで溶岩のような見かけの硬い岩石になってしまうものがあります.これを溶結火砕岩とか溶結凝灰岩といいます.奥飛騨火砕流や上宝火砕流だけでなく,立山の称名滝をつくっている岩石もこれです.火山の中身は,硬い溶岩や溶結火砕岩だけでなく,固まっていない火砕流,吹き出た火山弾・軽石・火山灰などいろいろなものがあり,決して単純なものではありません.火山が削られたり崩れたりしてその中身が露出するような崖ができれば,これらのものが層になって積み重なっているようすがしばしば観察されます(図9).


    図8 乗鞍火山の地質図.
    いくつもの火山(火山体)が集まっている.南側の緑色と黄色の部分が古期の火山で,北半分が崩れてなくなっている.


    図9 白馬大池火山の稗田山から続く崖.
    幾層もの溶岩が左下がりに続く.このあたりは“稗田山の大崩壊”など,何度も山崩れがおこっている.崖の高さは約200m.

  9. これから先
  10.  これから先,北アルプスの火山ではなにがおこるのでしょうか.正直に言えば,将来のことはわかりません.でも,いろいろ調べればある程度のことは見当がつくでしょう.
     火山噴火とは関係はないですが,大きな地震に揺すられたり大雨が降れば,不安定な山は崩れて大きな災害をもたらします.立山や御嶽では,地震により山が崩れたことは先に述べたとおりです.1995-6年の姫川流域での土砂災害はまだ記憶に新しいですが,この姫川支流の浦川上流では1911-12年に白馬大池火山の一部が崩れています(稗田山の大崩壊:図9).このような場所では山崩れが何度も繰り返しおこっています.これからも,いつまたおこるのかわかりません.もちろん,立山火山,常願寺川上流の“立山カルデラ”でも同じです.いずれも盛んに砂防工事がおこなわれていますが,規模の大きい土石流や山崩れに対してはほとんど効果がないのではないでしょうか.
     火山の噴火としては,最近の焼岳や御嶽のように,確率的には水蒸気爆発である可能性が高いでしょう.しかし,これが原因となって土石流が発生したり山が崩れたりすることもよくあります.軽石や溶岩を噴出するような噴火はそんなに頻繁におこるものではありませんので,北アルプスでそのような噴火がおこるのを私たちが見る可能性はほとんどないでしょう.大きな事件はまれにしかおこりませんが,小さな事件はもっと頻繁におこります.また,こういう例はまれですが,まさかと思われていたのに噴火したのが御嶽です.噴火予知のためには,地震計の設置などの観測態勢を整えることも重要ですが,過去におこったこと,いつどこで何がどのようにおこったのかを詳しく調べることも大切なことだと思います.


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1997年9月,日本火山学会: kazan@eri.u- tokyo.ac.jp