火山災害と噴火予知

東京大学地震研究所教授  井田喜明


1.火山災害の種類

 火山の活動によって生ずる災害には,軽微な窓ガラスの破壊から,多数の人命の損失,世界的な気温の低下まで,様々な種類がある.多様な火山災害を,原因となる火山現象に基づいて,表1に分類する.

表1. 火山災害の分類

原因

災害の要因

災害の内容

場所と範囲

ガスの噴出

ガスの充満

中毒死,窒息死

近傍の窪地等

溶岩の噴出

溶岩流

建物や道路等の破壊

山腹,山麓

テフラの噴出

火砕流

生命,建物等の破壊

山腹,山麓

 

降下火砕物の堆積

農地,建物等の破壊

周辺の風下側

 

火山灰の浮遊

航空機の飛行障害

大気中

 

エアロゾルの浮遊

気温の降下

全世界

爆発

爆風の飛来

生命,建物等の破壊

火山近傍

 

音波の伝播

窓ガラス等の破壊

火山近傍

 

噴石の直撃

生命,建物等の破壊

火山近傍

マグマの活動

地震,地殻変動

建物等の破壊

火山近傍

山体崩壊

岩屑流,土石流,泥流

生命,建物等の破壊

山腹,山麓

融水

泥流

生命,建物等の破壊

山腹,山麓

テフラの堆積

土石流,泥流

生命,建物等の破壊

山腹,山麓

2次災害

洪水,津波

生命,建物等の破壊

火山周辺

 災害の原因で最も重要なのは,火山から噴出する溶岩,テフラ,火山ガスなどの噴出物によるものである.溶岩は,マグマが液体状態を保ったまま,地表に流れ出たものである.テフラとは,爆発的な噴火の過程で砕かれたマグマの破片のことで,細粒の火山灰から巨大な噴石まで,様々な大きさのものがある.火口や噴気孔などから噴出する火山ガスは,マグマから放出された部分もあるが,大半は地下水などが二次的に加熱され,気化したものである.
 火山災害の性質は,噴火が爆発的かどうかによって異なる.爆発性の低い噴火は,マグマを溶岩として穏やかに噴出する.主な災害は,溶岩流による建物,農地,道路などの破壊である.溶岩流は,流動性のよい玄武岩質溶岩の場合,火口から数十kmの距離に達することがある.ただし,流下に時間がかかり,避難する余裕がある場合が多いので,溶岩流で生命が失われることは少ない.
 爆発的な噴火は,テフラや古い岩石の破片を激しく噴出する.その噴出量は大噴火では1立方キロを越える膨大な量に達する.テフラの内,火山灰を主とする細かい粒子は,空気と混ざり合って雲状の流体を形成する.流体の中では,マグマの破片から放出されたり,外から取り込まれたガスが,激しい流れをつくり,テフラを浮いた状態に保つ.マグマの熱でガスが膨張すると,この流体は浮力を獲得して,噴煙として鉛直に上昇する.浮力が不十分な場合には,流体は火砕流となって山腹を流下する.
 高く上昇した噴煙は,テフラを広域に降下させ,細粒の火山灰を時に全世界に拡散する.大規模な噴火が起こると,火山の近傍や風下側では大量の火山噴出物が地上を覆い,建物や農作物が壊滅的な被害を受ける.また,空中に浮遊する火山灰は,航空機の飛行を妨げる.大量の火山灰と火山ガスが,微粒子(エアロゾル)として成層圏に運び上げられると,長期間浮遊して太陽光の入射を妨げ,世界中の気温を下げる.
 火砕流は,空気に近い流動性をもつために,流下速度は時速100km前後の高速になる.マグマの熱で数百℃に加熱されていることもあり,流路に居あわせた生物に大きな脅威となる.火砕流に襲われた市町村が,ほとんど全滅した例もある.
 爆発的な噴火で生じた爆風(ブラスト)は,音速を越える高速度でテフラを周辺に噴射し,樹木などをなぎ倒す.爆発に伴う音波(空振)は,周辺に伝播して窓ガラスなどを破壊する.細粒のテフラが,空気と混合して噴煙や火砕流を生むの対し,粒径の大きな噴石は,爆発で加速され,弾道を描いて山腹や山麓を直撃する.
 山腹に堆積したテフラが,降雨などによって流動化されると,泥流となって斜面や河川を流下する.水の量がもっと少ない土石流,逆に水が主要な構成物質となる洪水を,泥流と併せてラハールと総称する.それに対して,岩屑流は,乾いた岩石が雪崩のように崩れ落ちる現象である.これらは,火砕流と並んで,周辺に大災害をもたらす極めて危険な現象である.
 噴火で放出された熱は,雪や氷を融かして,泥流を誘発することがある.マグマが貫入して山頂部が大きな歪を受けたり,強い地震動によって火山が揺すられたりすると,山体が崩壊して,岩石や土砂を岩屑流,土石流として山麓に流し出し,河川沿いに泥流を発生させる.岩屑流,土石流,泥流は,川や海に流れ込んで洪水や津波を起こし,更に広い範囲に深刻な2次災害をもたらす.津波は海底噴火によっても引き起こされる.

2.火山災害の規模と影響する範囲

  大規模な噴火が頻発すると,広域に深刻な火山災害が絶えない.幸いなことに,大きな噴火ほど多量のマグマの蓄積を必要とするために,発生の頻度は低くなる.1立方キロ程度のマグマを噴出する歴史上の大噴火は,ひとつの火山について見ると,大体数十〜数百年の間隔で発生する.それより噴出量が1桁以上大きく,カルデラを造るような巨大噴火は,数千〜数万年の間隔で起きる.逆に,噴出量が1桁以上小さい中〜小噴火は,数年〜数十年程度の間隔で繰り返す.
 表2は,死者1000人以上を出した世界の火山災害である.これを見ると,大災害を導く原因に何種類かあるのに気づく.ひとつは,噴火自体の規模が大きく,影響する範囲が広い場合である.1815年にタンボラ火山で発生した噴火は,噴出物の総量が150〜200立方キロに達する歴史上最大規模の噴火で,それに対応して火山災害も甚大であった.2番目のタイプは,火砕流や泥流などの流れが人工密集地を直撃する場合である.1902年のプレー火山の噴火では,火砕流によってサン・ピエール市が,また1985年のネバド・デル・ルイス火山の噴火では,泥流によってアルメロ市が,ほぼ完全に破壊された.第3のタイプは,噴火で洪水や津波が誘発され,それが広域に2次災害を生む場合である.1883年のクラカトア噴火では,爆発により火山島の大半が破壊され,同時に津波が発生した.津波はジャワ島西部とスマトラ島南部の沿岸を襲い,大きな被害を生んだ.第2,第3のタイプは,火山の立地条件によっては,噴火の規模が余り大きくなくても,極めて深刻な災害を生む.

表2. 世界の主な火山災害.死者1000人以上の記録があるもの.

年月日

火山(国)

死者

摘要

79.8.24

ベスビオ(イタリア)

2000以上

火砕流,テフラによりポンペイ等埋没

1586

クルー(インドネシア)

10000

ラハール

1631.12.16

ベスビオ(イタリア)

3500以上

溶岩流,テフラ,ラハールによる.家畜6000頭の死.VEI4

1638

ラウン(インドネシア)

1000

火山灰

1672.8.4

メラピ(インドネシア)

3000

火砕流,ラハール.多数の集落壊滅.VEI3

1711.12.10-16

アウ(インドネシア)

3000

ラハール.VEI3

1741.8.11

渡島大島(日本)

1475

津波が北海道沿岸に.流失家屋1475

1760.9

マキヤン(インドネシア)

2000

ラハール

1772.8.11-12

パパンダヤン(インドネシア)

2975

爆発,山体崩壊.家畜1500.VEI3

1783.6.8-11月

ラキ(アイスランド)

9350

テフラ噴出による農作の阻害,餓死.家畜も大半が餓死.VEI4

1783.8.5

浅間(日本)

1151

爆発,テフラ,火砕流,泥流,洪水.流失家屋51.VEI4

1792.5.21

雲仙岳(日本)

15000

眉山の山体崩壊,有明海に津波

1814.2.1

マヨン(フィリピン)

1200

火砕流,火山灰,溶岩,ラハール.VEI4

1815.4.5-12

タンボラ(インドネシア)

92000

爆風,噴石などにより12000人.それ以外は餓死.VEI7

1822.10.8-12

ガルンガン(インドネシア)

4011

大爆発,泥流.村落114全壊.VEI5

1845.2.19

ネバドデルルイス(コロンビア)

1000

泥流.VEI3

1856.3.2

アウ(インドネシア)

2806

ラハール

1883.8.26-28

クラカトア(インドネシア)

36417

大爆発,津波.農地壊滅,村落全壊165.VEI6

1892.6.7

アウ(インドネシア)

1532

ラハール.VEI3

1902.5.7

スフリエール(西インド諸島)

1680

火山灰,火砕流.VEI4

1902.5.8

プレー(西インド諸島)

28000

火砕流によりサンピエール全滅

1902.8.30

プレー(西インド諸島)

2000

火砕流

1911.1.30

タール(フィリピン)

1332

マグマ水蒸気爆発,ベースサージ,津波.VEI4

1919.5.19-20

クルー(インドネシア)

5100

ラハール.家屋9000,家畜1571.VEI4

1930.12.18

メラピ(インドネシア)

1369

火砕流,ラハール.家屋1369,家畜2140.VEI3

1951.1.21

ラミントン(パプアニューギニア)

2942

火砕流,降下火砕物.VEI4

1963.2.19-5.16

アグン(インドネシア)

1148

火砕流,ラハール.VEI4

1982.3.28-4.4

エルチチョン(メキシコ)

2000

巨大な噴煙,火砕流.VEI5

1985.11.13

ネバドデルルイス(コロンビア)

24740

融水による泥流.家屋5680.VEI3 

1986.8.21

ニオス湖(カメルーン)

1700

谷に沿ったCO<2Sガスの流下.家畜3000

 災害がどの範囲まで及ぶかは,火山の大きさや地形の特徴,噴火の規模や様式,噴火発生時の気象条件などに依存する.噴石の飛来や爆風に伴う災害は,火山地域やその近傍に限定される.溶岩流,火砕流,岩屑流,土石流,泥流は,地形に拘束されて低い方に向かうので,被災もその流域に偏る.流れに襲われる範囲は,火山の山腹から山麓に及び,そこに存在する生命,建造物,道路,田畑を含めて,ほとんど全てが破壊される.火山ガスの濃集する場所も地形に拘束されるが,生命に危険な程の濃集が起こるかどうかは,風の状態に依存する.噴煙とともに上昇したテフラは,火山の風下側の広い範囲に分散し,降下火砕物は,火山から遥かに離れた地域にも堆積する.成層圏に上がったエアロゾルの影響は,全世界に及ぶ.

3.セント・ヘレンズ山の山体崩壊  
 大災害をもたらす噴火に,山が崩れてなだれ落ちる山体崩壊がある.1792年には雲仙岳の眉山が山体崩壊を起こし,岩屑流を有明海に注ぎこんで,津波を発生させた.津波などによって15,000人の死者が出て,日本の火山災害史上で最悪の惨事となった.1888年に磐梯山で発生した山体崩壊は,山麓の村落を埋め立て,461人を死亡させた.
 米国のセント・ヘレンズ山では,1980年に山体崩壊が発生したが,文明国における最近の出来事であったために,噴火の経過や災害が詳しく調べられた.セント・ヘレンズ山は,噴火前は富士山型の美しい成層火山であったが,山体崩壊により山頂部がえぐり取られ,馬蹄形の崩壊カルデラがあとに残された(図1).

図2. 山体崩壊を起こしたセントヘレンズ山の山頂部.

 前兆的な火山の活動は一ヶ月半前の水蒸気爆発に始まり,標高2950mの山頂の北部で,100mを越える隆起が観測された.5月18日には,地震とともに,この部分から山体崩壊と地滑りが発生した.その直後に爆発が起こり,爆風(ブラスト)は山の北30kmの範囲を襲って,樹木などをなぎ倒し(図2),57人を死亡させた.崩落した物質は岩屑流となって約20km先まで達した(図3).爆発的な噴火は,噴煙を19kmの高さに上げ,東方に多量の火山灰を降らせた.また,直前に形成された岩屑流堆積物の上に,火砕流を流し出した.岩屑流は,融水,湖水,河川の水を混入して泥流となり,120km先のコロンビア川まで到達した.泥流のために,船による物資の輸送が長期間途絶えた.この噴火から一カ月ほど経つと,崩壊カルデラ内部に溶岩ドームが成長し始めた.以後数年以上にわたって,溶岩ドームの成長と,爆発による破壊が繰り返された.

図2. セントヘレンズ山の噴火(1980年5月18日)で、爆風(ブラスト)によってなぎ倒された樹木と岩屑流および泥流の跡.

図3. セントヘレンズ山の噴火(1980年5月18日)に伴う火砕流、岩屑流、泥流の分布と爆風(ブラスト)による森林の倒壊方向(損害保険料率算定会「火山災害の研究」による).

4.噴火予知  
 火山災害に有効な対策をとる上で,噴火がいつ起こるかを予測することは重要である.比較的大きな噴火になると,適当な火山観測がなされていれば,噴火前に何らかの異常が捉えられることが多い.例えば,火山の直下で地震の頻度が高まる.微小な地震ばかりでなく,規模の大きな地震も起こり出す.単調な波形をもつ火山性微動が発生し始める.マグマの蓄積や移動に伴って,火山体が膨張する.マグマの地下浅部への上昇に対応して,地熱の異常が温度や電磁気の観測にかかる.噴気の量が増えたり,火山ガスの化学組成に変化が見られる.
 これらの前兆現象をうまく活用して,防災に役立てた例も少なくない.1991年に発生したピナツボ火山噴火への対応は,その成功例である.この噴火は,小規模な水蒸気爆発で4月2日に始まった.その3日後に,フィリッピン火山地震研究所は,米国地質調査所の協力を得て,地震計などを用いた臨時観測を開始した.また,今後想定される火山現象に対応して,どのような警報を出すかが決められた.警報は,重要度を表す6つのレベルで表現された(表3).次第に高まる火山活動を見ながら,6月5日にレベル3の警報が,7日にレベル4の警報が出された.予測通りに,かなり規模の大きな噴火が6月9日に発生し,西側の山腹を5kmにわたって火砕流が覆った.これに対応して,警報のレベルは5に上げられ,火口から20km以内に住む住民に避難勧告が出された.クラーク空軍基地から,兵士とその家族15,000人が避難を開始したのは,この時点であった.12日の噴火で警戒区域の範囲は更に30kmに拡大された.6月15日の大噴火が発生したのは,その後であった.

表3. ピナツボ火山で噴火予知に用いられた警報の基準.

レベル

基  準

意  味

0

静穏

予測可能な期間内に噴火なし

1

小規模の地震,噴気など

マグマ,熱水,地殻の活動あり噴火は差し迫っていない

2

中程度の地震などの活動にマグマの関与が認められる

マグマの貫入の可能性いずれ噴火に至るかもしれない

3

火山性地震,地盤変動の加速,噴気の増加など,高く上向きの活動

活動の上昇傾向が続くと,2週間以内に噴火が発生しうる

4

ハーモニックな微動や低周波地震など,強度の活動

24時間以内に噴火が発生しうる

5

噴火が進行中

噴火が進行中

 この噴火で,警告によって避難がなされなければ,火山災害ははるかに悲惨なものになっただろう.しかし,噴火前に見られるのと類似の異常は,平常時にも表れることがよくあり,その検出から噴火が確実に起こるとは,一般に言い切れない.同じ基準を用いて,予知が空振りに終ったとしても不思議ではなく,予知の成功は多分に好運によるものだった.
 現状では,火山の異常を察知しても,噴火が本当に起こるのか,起こるとしたらいつなのかを,正確に予測することは難しい.噴火の様式や規模に関して,また噴火がどう推移していつ終るかに関しては,過去の経験に頼るしかない.予測内容を抜本的に向上させるためには,地下に分布するマグマの量や状態を知り,その動向を物理的な計算から予測できるようにする必要がある.一方で,不完全な情報を最大限活用することも重要である.ピナツボ火山の例に見るように,観測データを警報のレベルと対応させることは,限界をわきまえれば,現実に役に立つ.情報の不完全さの程度を,確率で表現することも検討に値しよう.


公開講座目次へ      ・日本火山学会ホームページへ
1998年9月,日本火山学会: kazan@eri.u- tokyo.ac.jp