1.はじめに
日本人にとって火山は風光明媚な景色と温泉の恵みなどを提供してくれる存在であるが, 一旦噴火が起こると火山の周囲に住む人々に甚大な影響を与える. 日本には全部で86個の活火山が存在する. 活火山とは, 気象庁の定義によれば過去約二千年間に噴火したことが確認されている火山, あるいは噴気活動が活発な火山を指し, その多くは今後も噴火する可能性がある. それらの噴火は, 火山がくしゃみをしたくらいの小規模なものから, 文明を滅ぼしかねない大規模なものまで様々である. ここでは,人類がめったに経験することはないだろうが, もしも日本で噴火したら北半球全体に影響が及ぶに違いないほど巨大な噴火について, 噴火の経緯, 現象, 災害の観点から解説する.
2.巨大噴火とは
一般に火山噴火はその規模によって全く見かけの異なる様子を示す. 様々な噴火現象を規模で分類する方法として, 火山爆発指数(Volcanic Explosivity Index; VEI)が用いられている(図1). 地震の大きさがマグニチュードで区分されているのと同様に, VEIでは噴出物の体積に基づいて0から8までの数字で分類されている. VEI 0は噴出物量が1×104m3まで, VEI 8は1×1012m3以上の噴出物量を示す. 小規模な噴火はVEI 1までで, 主に粘性の低いマグマが泉のように噴き上げる噴火である. 概してマグマ中に含まれる珪酸塩の割合が多くなるにつれて, より爆発的な噴火となる. VEI5以上になるとカルデラと呼ばれる大きな陥没部が出来ることが多く見られる. カルデラとはスペイン語で「大釜」という意味であり, 直径2km以上の火口をカルデラと呼んでいる. 巨大噴火とは一般にカルデラ形成を伴う噴火のことを指し, 日本では1万年に一度くらいの割合でカルデラが形成されている(図2).
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図1 火山爆発指数(VEI)の定義. (宇井忠英, 1997による) |
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図2 噴火の継続時間及び噴火の間隔の頻度分布. (宇井忠英, 1997を一部改変) |
3.カルデラを作る噴火
第四紀(現在から200万年前まで)の日本には約30のカルデラが存在する. これまで筆者は主に南九州と中九州のカルデラを研究してきたが, 1989-1990年の在外研究で米国オレゴン州のクレーターレイクカルデラの野外調査をする機会をもった. カルデラが形成される過程を, その噴火史が詳細に研究されたクレーターレイクカルデラの例で見ると, 以下のようになる. クレーターレイクカルデラは, 約6800年前にマザマ火山という名の成層火山の巨大噴火によって形成された. 成層火山とは, 富士山のように溶岩流と火砕物(火山灰やスコリアなど)が何層にも積もった円錐形の火山体をいう. マザマ火山はカルデラのできる約40万年前から成長して, 山頂部の推定標高が約3600mに達する巨大な複合火山であった. 6850年前に山腹が大陥没を起こす大噴火が起き, 最終的に直径約8kmのカルデラができた(図3). このカルデラが現在では美しい蒼い湖となり, 周囲約10kmがクレーターレイク国立公園に指定されている.
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図3 クレーターレークカルデラの噴火及び形成過程の模式図. (Suzuki-Kamata et al., 1993による) |
大噴火は大きく3つのステージに分けられる. はじめに湖の北東部で火口が開き,そこから成層圏にまで達する爆発的な火の柱を噴き上げ続けた(図3A). この火の柱は学問的にはプリニー式噴煙柱と呼ばれるもので, 高さ約30kmにまで達する. 第1のステージの噴火は, クレーターレークの北東側に発泡のよい白色の軽石を大量に積もらせた. 最も厚く堆積した場所では厚さ20m以上に達している(写真1). それらは偏西風に乗って1200kmの遠方にまで飛来している. このステージのマグマは, 火道の開け始めの単一の火口から噴出したものである.
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写真1 クレーターレークカルデラから噴出した降下軽石堆積物(下位の白い地層)に重なるワイングラス火砕流堆積物(上位の黒い地層).ワイングラス火砕流堆積物は, 厚さ数m以下と薄いにもかかわらずその基底部から溶結しており,赤みを帯びた黒色を示す.直下の降下軽石堆積物は,ワイングラス火砕流堆積物の熱で高温酸化し赤くなっている. |
第2のステージでは, 小規模な火砕流(ワイングラス火砕流)が発生し, マザマ火山の北側半分に流出した(図3B). これは, 第1のステージの単一火口周辺が崩れて火道が広がったために, 噴煙柱の崩壊高度が低下したことによって発生したと考えられる. ワイングラス火砕流は冷却されることがなく, 高温を保ち堆積するやいなや強く溶結し, 溶岩のようにカチカチに固まった(写真1).
第3のステージでは, 単一火口からリング状の割れ目噴火に移行し, イグニンブライトと呼ばれる大規模火砕流が発生した(図3C). 大規模火砕流とは, 高温のマグマの破片と火山灰が空気と入り交じって, 高速で地表を流走する粉体流をいう. この大規模火砕流がマザマ火山の周囲全ての方向に流れ下り, 最も遠くまで流れたものは約60km に達している(写真2). 大規模火砕流の流出は, 大量のマグマが地下から地上に出てしまったことを意味し, この空洞部分が陥没を引き起こしたことになる. その結果, マザマ火山の山頂部は1000m以上陥没し, 東西8km南北10kmのクレーターレイクカルデラが形成された. カルデラの周囲は火砕流堆積物がなす平坦な表面で覆われている. カルデラ周辺では軽石や火山灰に混じって, 直径数メートルにもおよぶ巨礫(ラグブレッチャー)が大量に堆積している(写真3). この巨礫はマグマが火砕流として大量に出るときに, その通り道の岩石を引っ掻いてきたものと考えられている. カルデラ形成後の火山活動は小規模なものになり, カルデラ内に限られている. 大噴火の後数百年してから, 湖に浮かぶウィザード島などが形成された(表紙写真).
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写真2 クレーターレーク南西のピナクルズではカルデラ形成時に噴出した大規模火砕流堆積物の断面が観察できる. 堆積物の上部が黒く下部が白いという変化は, マグマ溜りの中の成分の違いに対応すると考えられている. |
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写真3 クレーターレークのカルデラ壁に沿って露出する角礫層. カルデラの近傍にはこのように岩片に富むラグブレッチャといわれる粗粒堆積物が多く認められる. |
4.広域火山灰
日本でもクレーターレイクのような噴火が, 過去10万年の間にいくつも起こっている. プリニー式噴煙柱が立ち上り大規模火砕流が発生すると, 上空には大量の火山灰が噴き上げられる. これらは偏西風に乗って約1000kmもの遠方まで運ばれて堆積する. このような火山灰は日本列島を覆うくらい広範囲に降り積もることから, 広域火山灰と呼ばれている.
神戸市に影響を与えるような噴火堆積物は, 主に九州に起因しているものが多い.神戸市に約20cmのアカホヤ火山灰を降らせた噴火が, 6300年前に南九州で起きた(写真4). 鹿児島の南の火山島で起きた噴火は, はじめにプリニー式噴煙柱を噴き上げ,その後, 幸屋火砕流と呼ばれる大規模火砕流が発生した. 幸屋火砕流は海を渡り九州本土まで流れ込み, 当時南九州一帯に栄えていた縄文式土器時代の人々の暮らしを一掃した. 考古学的な研究によると, 幸屋火砕流堆積物の下位から出土する縄文土器は南方から入って来たものであるが, 上位から出土する土器は北方から入って来たものであることが明らかにされている(図4). 即ち, 幸屋火砕流は6300年前に南九州に生活していた縄文人をほぼ全滅させたことを伺い知ることが出来る. このように大規模火砕流は, 文明をも滅ぼす程の大災害をもたらすことがある. 上空高く舞い上がった火山灰は偏西風に乗って日本列島を縦断し, 東北地方にまで達している. 20cmの火山灰が積もって雨水を含むとその重さは400kg/m2となるので,木造建造物や軽量鉄骨の屋根はつぶれてしまう.
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写真4 神戸市JR垂水駅北側で発掘された約6300年前に堆積したアカホヤ火山灰. ここでは約20cmの厚さをもつ. |
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図4 6300年前のアカホヤ火山灰の降灰以前と以降の縄文文化圏の変化. (小田静夫, 1993による) 1: 押型文様式, 2: 九州貝殻文系土器様式, 3: 塞ノ神様式, 4: 轟様式, 5: 曽畑様式, 6: 北白川下層様式 |
6300年前の例と同様に, 2.5万年前の北部鹿児島湾の姶良カルデラ形成による噴火や, 中部九州の9〜30万年前の阿蘇カルデラ, 90〜100万年前の猪牟田カルデラからも広く日本列島を覆うような火山灰が堆積したことが知られている. 近畿地方には「アズキ火山灰」という厚さ約50センチの特徴的な火山灰が堆積しており, 中部九州の今市火砕流の噴火を起源とすることが分かっている(写真5). 50cmの火山灰が数日のうちに堆積するような噴火がもし九州で現在起きた場合には, 交通や通信などの都市機能がほぼ麻痺することが予想される. また, 気象の激変や水の汚染などによる影響が, 近畿地方に限らずほぼ日本中に出ることになるであろう.
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写真5 重要な鍵層の1つとして広く知られる大阪層群のアズキ火山灰は,長い間噴出源が不明であった.近年,中部九州の猪牟田カルデラから約90万年前に噴出した広域テフラであることが判明した.露頭中央の厚さ約50cmの淡茶色の地層がアズキ火山灰.その上下は海成粘土層.鎌田浩毅氏撮影. |
5.歴史上の巨大噴火
歴史に記録されている巨大噴火の事例はさほど多くはないが, いくつかの噴火は甚大な火山災害を残している. 1883年にインドネシアのクラカトア島でカルデラ形成を伴う巨大噴火が起こった. 1883年5月20日から始まり一端おさまった噴火は, 5月26日13時頃から突然再開し, 17時頃から津波が始まった. 津波の起源に関しては直接の大爆発によるという説と, 火砕流が海に突入したためという2つの説があり, 現在でも決着がついていない. 5月27日10時頃が噴火のピークで, 最大波高35mに達する津波がジャワ島やスマトラ島に達した. 総計3万6千人が犠牲となり5月28日に噴火は終わった. この噴火によって直径6kmのカルデラが出来, クラカトア島の3分の2が消失した.この他に大規模な噴火に伴って放出された火山ガスにより, 全地球規模の異常気象をもたらすことがある. 成層圏に達した噴煙に含まれているSO2ガスは大気中の水と反応して, 直径1μm以下のエアロゾルと呼ばれる微細な硫酸滴となって成層圏に拡散する. これが太陽光エネルギーを吸収することにより, 対流圏や地表の温度低下を招く. 火山噴火に伴う異常気象は, 1963年のインドネシアのアグン噴火, 1982年メキシコのエルチチョン, 1991年のフィリピンのピナツボで観測された(図5). また, 1783年のアイスランドのラキ火山の噴火は低温化をもたらし, 天明の大飢饉に伴う百姓一揆の誘因となったと考えられている.
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図5 地上からの高度ごとの平均気温の時間的変化と火山噴火の関係. (Angel, 1992による) |
最近の我々は巨大噴火を体験していない. しかし, 過去の日本列島が被った大規模な火山災害の事例を考慮すれば, 頻度が小さいとはいえ巨大噴火を考慮外におくことは適切ではない. 巨大噴火を地質学の手法で読みとっていくと, 日本列島には数多くのカルデラが分布し, その大部分が大規模な火砕流噴火によって形成されたことがわかる. カルデラの周辺には, 火砕流噴火によってもたらされた堆積物が広く分布し特有の地層を作っている. その地層を野外で直接詳しく調べ時間をつなぎ合わせることによって, 過去の噴火現象をかなり復元することが出来る. 一般に巨大噴火の前には, その前兆として小規模の噴火が頻発している. 過去の巨大噴火の前駆的現象を調査することは, 将来少ないながらも起こる可能性のある噴火災害の予測にも役立つ. 今後, 火山噴出物の調査・分析のみならず, 地殻変動・地震活動・マグマ性ガス放出などの観測により, 巨大噴火に続いていく可能性のある噴火活動を捉えることが出来るかもしれない.