放射年代測定法がどのようにしてうまく働くか,特に何時時計がスタートするのかと
いうのは,大変難しい問題で,たぶん,高校の教科書には簡単に書いてあるのだと思
います.
火山岩のようにマグマが地表に噴出して直ぐに冷えてしまった場合には,比較的簡単
なのですが,花こう岩のようなマグマが地下深部でゆっくり固結した深成岩,片麻岩
などのように長い時間をかけて岩石の組織が変化する変成岩の場合,何時を持って時
計がスタートしたというのか実は大問題なのです.
まず,放射年代測定法の原理ですが,放射性元素と呼ばれる不安定な元素(カリウム
40,ルビジュウム87など,親核種という)が一定の割合で別の元素(アルゴン40,ス
トロンチュウム87など,娘核種)に変わる物理現象を用いて,時計がスタートしてか
ら現在までの時間を測るものです.そのために必要な情報は,岩石や鉱物に含まれる
時計スタート時の娘核種の量(Do)と現時点での親核種の量(P)と娘核種の量(Dp)で
す.それと親核種から娘核種が生成される速度(壊変定数λという)が分かれば
T=1/λxln(1+(Dp-Do)/P)
という式で求めることが出来ます.この場合,閉鎖系といって,時計がスタートして
から現在の間まで,測定対象の岩石や鉱物から親,娘核種のいずれも動いていない,
という条件が満たされなければなりません.
次ぎに,何を持って時計がスタートしたというか,ですが,これは,上に述べた閉鎖
系が保たれるようになった時点,ということになります.
岩石,鉱物の中で元素は動こうとしています.これを元素拡散といいます.岩石の温
度が高いほど元素は早く動き回ることが出来ますが,温度が低くなると急に動けなく
なります(正確に言えば,拡散速度は絶対温度の逆数に比例して小さくなります.)
元素が早く動ける間は,親核種も娘核種も動いていますので閉鎖系は成り立ちませ
ん.しかし,温度が低くなると急激に動けなくなり,ある温度(これを閉鎖温度)を
下回った時点で実質的に全く動かなくなった,すなわち閉鎖系が成立したと考えるこ
とが出来るようになります.この時が時計のスタート時点です.
溶岩は,1000度の高温から一気に地表で冷えて固まりますので,噴火した時を時計の
スタート時点と見なすことが出来ます.一方,地下でマグマがゆっくり冷えて固まっ
た花こう岩の場合,閉鎖温度を下回った時点が時計のスタートです.片麻岩の場合,
いったん冷えて固まったかこう岩が再度,加熱され異なる鉱物の組み合わせになるわ
けですから,その時点で閉鎖系は破られて時計はリセットされます.それが,冷え始
めて,閉鎖温度を下回った時点で再度時計はスタートします.閉鎖温度は,用いる鉱
物や年代測定法により違います.例えばRb-Sr法という方法で黒雲母や角閃石を使っ
て鉱物アイソクロン年代をというのを用いる場合と,K-Ar法という手法で角閃石や黒
雲母を使った年代は異なる年代を与えることがふつうです.複数の測定手法を組み合
わせて,変成岩がどのようなスピードで冷えていったかという冷却の歴史を知る試み
も行われています.
これ以上の詳しいことは,大学院の修士課程レベルの知識を持たないと正しくは理解
出来ないと思います.
なお,質問1にある「片麻岩が花こう岩に変わった場合」は,高校レベルでは「花こ
う岩が片麻岩に変わった場合」と理解下さい.特殊な例を除いて変成岩から深成岩に
は変わりませんので.
また,質問2ですが,「「放射性同位体は温度と圧力の条件には変わることはな
い。」というのは,上に述べた親核種が娘核種に一定の速度で変わるという物理現象
は,温度と圧力の変化に影響を受けない,ということです.ですから,どこで岩石が
出来ても,放射年代測定法は利用できるわけです.変成作用の年代が分かるわけは,
上に述べたように,岩石の温度が冷えて,元素が実質的に動かなくなる時に時計がス
タートするからだと理解してください.
なお,上に書いた回答は,わかりやすく説明するために,学問的には正確でない表現
の部分がありますが,ご了解下さい.
(06/22/03)
宇都浩三(産業技術総合研究所・地球科学情報研究部門)
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